18   卒婚のために人生の棚卸し 

      還暦を迎えた夫婦のこれからは? 

  



「わくわく片付け講座」を明日に控え、まろみは電話の応対に追われてい


た。


「くら子さん、昨日今日と、ばたばたと申し込みがあって定員になったんで


すけど、どうしても参加したいという方が3名、どうしましょう」


「当日のキャンセルもあるから、定員プラス5名までなら大丈夫よ」


「今回は、なぜか60歳代の方が多くて」


「景気と関係あるのかも。知り合いにもいるけど、60歳の定年後は、子会


社への出向とか、なんらかの仕事が用意されていた人たちが、AIのせいな


のか仕事がなくなったみたい。本人は仕事を続けるつもりでいたのに、突


然あなたの座る椅子はありませんってね」


「仕事がなくなったのは、派遣の人ばかりじゃないんですね」


「そこで、あわてたのは奥さん連中。亭主元気で留守がいいって感じで、


まだ仕事を続けると思っていたのに亭主はどこへも出かけず、一日三回食


事の支度をしなくちゃならない」


 まろみは近所のファミリーレストランでおしゃべりし、ランチを食べて


いる主婦たちを思い浮かべた。


「定年前より給料は下がっても食べていくくらいの収入はあると思ってい


たのに、仕事はなくなり、退職金や預貯金で暮らしていくことを考える


と、昔流行ったフルムーンとか夫婦で海外旅行へ行こうという気にもなら


ないのかもね」


「熟年離婚が増えているのもそのせいでしょうか」


「さあ、どうなのかな? もう一度自分の人生を見つめなおす機会ではあ


るかもしれない」


 「わくわく片付け講座」の初日。


1名は、早朝に母親が仏壇の前の座布団につまずき、転倒して病院へ行く


ことになったので欠席という連絡があった。


 くら子が開講のあいさつをし、講座のスケジュールや資料の説明をした


後、質問があった。


「先日、テレビドラマを見ていたら、終活の話をしていたのですが、この


講座とどう違うのでしょうか」


 くら子は遺品整理、終活、老前整理の説明を始めた。親が逝くと、弔い


の後に膨大な遺品の山を片付ける遺品整理が家族や親族の最後の仕事にな


る。


 終活は人生の最期を迎える準備で、身辺整理という意味合いが強く、財


産や相続も視野に入れながら具体的な葬儀や墓のことなど、自分で考えて


準備をしておくことである。


「わくわく片付け講座」は老前整理で、誰のためでもない自分が快適に生


活するためにすること。表現を変えればそれまでの人生の棚おろしをして


整理をすること。この整理にはものだけでなく、長年のもつれた人間関係


や、お金、時間、パートナーの問題も含まれる。これらが「片付け」ばど


れほどストレスが減るだろうか。


 くら子は「わくわく片付け講座」によって、どれだけ「わくわく」でき


るか、試して欲しいという言葉で締めくくった。


 中には、なんのことだかさっぱり? という受講者もいた。


 御堂翔子は講座申し込みの動機の欄に、夫婦で還暦を迎えたので生活を


リセットしたいと書いた。昔なら還暦といえば、赤いちゃんちゃんこを贈


られ、のんびり余生を暮らすおばあちゃんが思い浮かぶだろう。翔子も還


暦といえば隠居というイメージを持っていたが、現実に自分がその年にな


ってみると年寄り扱いはごめんだと思う。


 美容室の女性週刊誌で「卒婚」の二字を見た翔子はこの言葉が頭から離


れない。娘は香港の商社勤務で、息子はニューカレドニア島に行ってしま


った。朝早く出かけて、夜遅く帰るという生活を何十年も続けてきた夫


と、夫婦でできる共通の趣味も無い。そもそも夫婦で何かするということ


すら頭にないのではないかと思う昨今である。もちろん夫は料理や家事も


できないし、やろうともしない。


いわゆる企業戦士として働いている時は仕方がないと思っていたが、退職


してずっと家にいるようになってもテレビを見るか、パソコンをするだけ


である。そして相変わらずの、メシ、フロ、ビール。こんな手のかかる夫


と出かけるよりは、友人と旅行をするほうが楽しい。かといって今さら離


婚や別居をしようとは思わない。


週刊誌の「卒婚」のように夫婦を卒業して、家事も分担し、お互いに好き


なことをする同居人として暮らせたらどんなに良いか。翔子は手始めに荷


物を整理して娘の部屋に移ろうと思っている。卒婚の話をしたら、夫は反


対するのに決まっているので、少しずつ計画を進めるのだ。





「わくわく片付け講座」第2回のメイク講座では6人1組でテーブルを囲


んで実習をする。


 テーブルに各自が化粧道具を並べ、眉や頬紅など、メイクの講師の指導


に従い手を動かした。


「翔子さんはお化粧した方が、顔立ちがはっきりして5歳は若く見えるわ


よ」


隣の神戸雅恵が翔子に話しかけた。


「えっ、ほんとう?」翔子は鏡を覗き込んだ。自分ではよくわからないの


だけれど、そうなのだろうか。


「ほんとうよ、やはりお化粧って大事よねえ。わたしも娘時代はつけまつ


毛でバチバチの時代があったけど、子供を産んだら子育てで、そっちが片


付いたら親の介護で、お化粧どころじゃなかったから」


「わたしも、最近はリップと日焼け止めくらいで」


「絶対、お化粧した方がいいわよ」


 翔子も雅恵や他の受講者を見渡して、確かに皆きれいになって楽しそ


うだ。


「ところでお宅のご主人、化粧をして帰ったらわかると思う?」


「わかるわけないじゃない。髪の毛を切ったのさえ、わからないんだか


ら」


 この話がきっかけで、翔子のテーブルは夫の話で盛りあがり、亭主元気


で留守がいいと意見が一致した。


 盛りあがった6人は、講座後にお茶を飲んで帰ろうということになった。

 

 駅の構内にある喫茶店で、テーブルを2つ占領して座った。


 今日の講師のファッションや化粧の話から始まって、マスカラはどこの


製品がよいとか、白髪染はどのメーカーが一番持ちがよいとか。嫁に行か


ない娘や、デートをしている気配のない三十路を越えた息子の話など、話


題に事欠かなかった。


 今は、結婚しそうにない30過ぎた娘や息子の婚活に、子どもに代わって


親が見合いに行くそうだ。親同士が意気投合すれば、息子や娘の見合いに


なるらしい。しかし誰一人、子どもの代わりに見合いに行った者はなかっ


た。


 翔子も香港の娘とニューカレドニアの息子のことを話すと、外国に遊び


に行けていいじゃないという反応が返ってきた。


 言葉の通じない嫁や婿ができたらどうしようかという不安は話さなかっ


た。


 帰り道の商店街で翔子は夕食の買い物をした。娘も息子も日本に帰る気


はないらしいが、夫婦二人の生活がいつまで続くのだろう。変化があると


すればどちらかが病気になり、介護を必要とするようになった時なのだろ


うかと思うと、エコバッグの中のキャベツが重く感じられた。




「わくわく片付け講座」も3日目になり、具体的な片付けと整理の話になっ


た。


 くら子はあなたにとって大切なものを5つ書いてくださいと、白い紙を配


った。


 今の自分にとって、大切なものは何なのだろう。この問いは簡単そうで


真剣に考えれば難しくなる。皆が考え込んでいるのを見てくら子は笑顔を


向けた。


「難しく考えないでくださいね。ほとんどの方はご自分の命だと思いま


す」


 確かに、命なんて当たり前過ぎて考えることも無かったけど確かにそう


だと、翔子はまず命と書いた。


「命の次は、人によって違うと思います。ペットの猫が大切な人がいるか


もしれませんし、夫や子供や孫、お金、友人、時間。金庫の中の金の延べ


棒でもかまいません。これは誰かに見せるものではありません。宿題にし


ますから、次回までにゆっくり考えて来てください」 


 続けてくら子は3枚のプリントを配った。


 この紙には昭和から平成までの年号が表になっており、各年には主な出


来事とその年のレコード大賞が記載され、その横に当時の自分の年齢と出


来事を簡単に書き込むようになっていた。


「これは自分史年表です。今、熟年世代では自分史を書くのが流行ってい


ると聞きますが、これは皆さんに『人生の棚卸し』をしていただくための


ものです。人に見せるものではありませんので、好きなように書いて下さ


い。こういうものは、宿題にしても書きたくない人は書かないのですが、


それはそれで良いのではないかと思っています。この機会に自分の人生を


振り返ってみようと思われた方は書いてみてください」


 質問してもいいですかという声が上がったので、くら子はどうぞと答え


た。


「どういう風に書けば良いのかわからないのですが」


何人かが、わたしもとつぶやいた。


「そうですね、説明不足でした。まず、生まれた年に0歳と記入してくださ


い。そこから1つずつ年が増えていくのは良いですね。途中で年を減らさな


いで下さいよ。前のクラスでは、35からずっと年が増えない人がいました


けど…」


 笑いながら、せっかくだから、とにかく書いてみようという風に全員が


生まれた年から年齢を記入していった。


「次に、小学校入学から節目節目の出来事を順に書き込んでみてくださ


い。引っ越しでも、就職、結婚でも、とにかく大きな出来事を書いてくだ


さい。この段階ではおおよそで結構ですから」


 翔子も小学校、中学の時に親の転勤で転校して…高校、就職、結婚、長


女誕生、長男誕生と書き込んでいった。ここまで良いですかと、くら子は


見回した。


「後は少しずつ、埋めていってください。例えば昭和44年(1969年)


は、アポロ11号の月面着陸があります。この時、皆さんがいくつだったか


は聞きません。このようにその年の出来事が書かれているのは、当時のこ


とを思い出しやすいからです。アポロ11号が月面着陸した時のニュースを


どこで聞いたとか、誰に聞いたとか、その時の状況を思い出していただき


たいと思います。




またこの年のレコード大賞は、『いいじゃないの幸せならば』です。こう


いうヒット曲によっても、当時のことが思い出されると思います。とにか


く思いつくところから埋めていってください。これは今までの出来事を確


認する作業ですので、気楽に考えてくださいね」


「そうそう、アポロのアームストロング船長の『人類にとっては大きな一


歩』とかいう言葉が印象に残ってるわ」と雅恵が翔子に話しかけた。


「えーっ、わたしは幼稚園だったから、覚えてませんよ。雅恵さん、当時


いくつだったんですか」向かいの席の宮城佐弓が雅恵に訊いた。


「そりゃあ、わたしも小学校だったかなー、追及しないでちょうだい」


 翔子も苦笑しながら、当時は印刷会社で働き、お茶やお花、洋裁の教室


に通っていたことを思い出した。そういえばあの頃はお茶の先生になれた


らいいなと思っていた。花嫁修業なんて言葉があった時代だが、今でいえ


ば一種の婚活だろうか。


 結婚した後は、夫の転勤、出産、子育てとあわただしく、茶道と縁が切


れてしまったが、今なら、時間もあるし再開しても良いかもしれない。い


や、今度はお煎茶を習ってみようか。お茶の先生が、年を取ったら煎茶の


ほうが立ち座りが少ないので楽だとおっしゃってたし、一から始めるのに


は良いかもしれない。


 結婚してからの翔子の年表は、夫と子供が中心の生活を物語っていた。


 御堂さんの奥さん、薫ちゃん、強君のお母さんであり、翔子さんと名前


を呼ばれたのは久しぶりである。そして子供たちが親になったら、ただの


「おばあちゃん」になって20年もの年月を過ごすのだろうか。いやもう一


度御堂翔子として、自分の人生を取り戻したいと思うのはぜいたくな願い


なのだろうか。


「みなさん二回目のメイクの講座で、どういう自分になりたいかをイメー


ジをしてお化粧されましたね」


 くら子はメイクという言葉に、なぜ女性は敏感に反応するのだろうと思


いながら、年表から顔を上げてうなずいている女性を見わたした。


 多くの参加者は、若々しく、健康そうに見えたいと願った。数人は、女


らしく、色っぽい、やさしそうなメイクが望みで、ただ一人会社を経営し


ている女性は、眉もへの字で、くっきりとした意志の強さを強調するメイ


クを希望した。


「年表の残りの空白はご自宅で埋めてくださいね。そろそろ、みなさん


『わくわく片付け講座』に参加したのに、片付けの話はどこに行ったのか


と思われているでしょうね」


 くら子、ホワイトボードに「荷物や部屋が片付いたら○○したい」と書


いた。


「この○○部分に、みなさんのやりたいことを書いてください。例えば、


すっきりでも良いですし、お友達を呼んでパーティーをしたいでも、なん


でも結構です。以前に布団を敷いて大の字になって寝たいという方があり


ましたが、とにかく片付けてどうしたいかを書いてください。講座を申し


込まれた時の動機と変わっていてもいっこうにかまいません」


 翔子は迷った末「荷物が片付いたら、御堂翔子としていきいきと暮らし


たい」と書いた。


「ご自分のこれまでを簡単に振り返り、大切なものは何かを考えていただ


き、これからどうしたいかを書いていただきました。時間が足りなかった


という方もあると思いますので、次回までにもう少し考えてきてくださ


い」くら子は講座をしめくくった。 




 今回も6人で駅前の喫茶店に寄った。今日のお勧めケーキはアップルパイ


で、全員がケーキセットを注文した。


「大切なものって考えてみると、そうないのよね」


 雅恵がおしぼりで手を拭きながらつぶやいた。いつもはおとなしい山本


都がしみじみと言った。


「わたしは阪神大震災で家が半壊したからあの時、命さえあればなんとか


なるって思った」


 6人のうち2人が避難所で暮らした経験を持っていた。


「ほんと、片付けるってことは、自分の今の暮らしに何が必要かを考える


ことで、それはこれからどういう暮らしをしたいのかにつながるのねえ」


と雅恵は考え込んだ。


 佐弓が雅恵さんもまじめに考えてるんですねとからかうと、雅恵はうる


さいと佐弓をにらんだ。


 翔子は、御堂翔子としていきいきと暮らすにはどうすればいいのだろう


かと思った。


 家に帰り夕食を終えると、翔子は食卓の上で自分史年表の空白を埋めて


いった。


友人たちの中には、親の介護の問題を抱えている者も多いが、翔子は三人


姉妹の末娘で、二人の姉が両親を看取ってくれた。夫の博之の両親はシニ


アマンションに入居し、今のところ元気に暮らしている。還暦というのは


確かにひとつの区切りだと思う。独身で公務員を定年退職した友人は、ニ


ュージーランドに移住するための準備を進めている。


いわゆる熟年離婚をした友人は、離婚当初はすっきりしたと言っていた


が、その後連絡が取れなくなった。離婚したからといってバラ色の人生が


開けるわけでもないのだろう。


 風呂から上がった博之が話があるといい、缶ビールとグラスを2つ持って


きた。


いつもはプロ野球のナイターを見ながら1人で飲んでいるのに、珍しいこと


もあるものだと思いながら翔子は食卓の上の書類を片付けた。


「枝豆?」と聞くと、博之はうなずいた。30年以上も一緒に暮らしている


と余計な言葉は使わなくなる。はたして、それが良いことなのか…。


 枝豆の皿を置いてビールを一口飲み、翔子はそれで、と先を促した。


「実は、商売をしたいと思っているんだが」


 翔子は夫が再就職の口を探しているとばかり思っていた。勤めていた会


社の斡旋で、月に一度はキャリアコンサルタントに再就職の相談に行って


いたのではないか。それがなぜ、商売なのだ。


 翔子が黙っていると、博之は自分のグラスにビールを注いで一気に飲み


ほした。


「退職金を使いたいんだ」


 何を言い出すかと思ったら突然商売とは、いったいこの人は何を考えて


いるのだろう。


「今まで黙っていたのは悪かった。とにかく話を聞いて欲しい。商売とい


ってもインターネットカフェなんだ」


 胸の怒りをおさえて、翔子は訊いた。


「なんですか、それ」


「若者がよく行ってる喫茶店でインターネットができる処さ」


「確か、駅前にもあったんじゃないんですか」


「あるけど、俺たちがつくりたいのは…」


 俺たち? 翔子はその言葉を聞き逃さなかった。


「その、俺たちというのは誰のことですか」


「いや、あの、高校時代のバンド仲間の神童と田嶋だよ」


「神童さんや田嶋さんには相談できても、わたしにはひと言の相談もなか


ったのですね」


「すまない、反対されると思って」


 翔子はこれ以上聞きたくありませんと席を立った。




 腹が立った時やいらいらした時は洗濯をすることにしている翔子は洗濯


機のスイッチを入れてぼんやり考えた。なぜこんなことになったのか、退


職金を商売に注ぎ込んで失敗したらどうなるのだろう。夫は2人の老後のこ


とをまじめに考えているのだろうか。


定年後は田舎で農業とか、蕎麦屋やラーメン屋をするという話はよく聞く


が、皆が成功しているわけではないはずである。成功話の何倍もの失敗し


た人たちがいるはずだ。そして1番の問題は、なぜ妻である自分にまず相談


しなかったのかだ。夫婦が共有しているのは家と子どもだけなのか、積み


上げてきたつもりの時間や信頼と絆はどこへいったのだろう。それとも、


もともとそんなものはなかったのか。退職金は夫が長年働いた報酬であ


る。しかし夫が朝から晩まで仕事をするために子育てをし、食事や掃除、


洗濯をしてきたのはわたしではないか。それなのに…ここは冷静に考えな


ければならない。


博之は妻の予想通りの反応に、だから言いたくなかったんだと2本目の缶


ビールを開けた。今の時代に再就職の口は見込めないこと。このまま年金


をもらえる年齢になるまでぶらぶらしているわけにはいかないことをなぜ


妻は理解してくれないのか、わからなかった。


 夫婦の寝室でなく和室に布団を敷いて翔子は横になった。いびきをかく


夫の横ではなくひとりで眠りたかった。


退職金、離婚、卒婚、ひとり暮らし、海外にいる娘と息子、病気の不安、


経済問題、インターネットカフェ? 若者たちがたむろして、24時間営業


だったのではないか、素人が初めてうまくいく仕事なのか、と考えている


うちに、眠りに落ちた。


 朝からまた、洗濯機の音が聞こえる。博之は音をたてないようにして家


を出た。


 翔子が朝ごはんの支度をしようと台所に立つと、食卓の上に博之がパソ


コンで作ったらしいチラシが置かれていた。




「インターネット茶屋」という見出しが目に入り、手に取ると高齢者向け


の喫茶店でインテーネットができる店とあった。パソコンを使ったことの


ない人には使い方を教えますと書いてある。地図を見ると、商店街の時計


屋のあったところだ。2年くらい前に後継者がいないからと老夫婦が店を閉


めて以来シャッターがおりたままである。チラシではオープンは3ヶ月後に


なっている。


もう何もかも決まっていたのだ。退職金の半分をもらって、離婚する。と


いう選択肢もあるがそうするとこの計画はダメになってしまうのだろう


か。神童と田嶋の妻は男たちの企みを承知しているのだろうか。今まで夫


のいいなりになってきた結果がこれなのだろうか。


そういえば「わくわく片付け講座」で同じグループの布美のことばを思い


出した。


「うちのは一回り上だから、すっかりじいさんって感じで、碁会所に行く


以外どこへも行かずごろごろしてて、わたしが出かけようとすると、どこ


へ行くって、うるさいったりゃありゃしない。ボランティアでも町内の世


話役でも、なんでもいいから何かして欲しいのよ」とこぼしていた。


 このまま何もせずに年を取って…いやだいやだ。夫婦で山登りをした


り、旅行に行ったりはどうだろうか。退職金と年金暮らしでそんな生活が


できるだろうか。そもそも夫と旅行に行って楽しいのだろうか。考えれば


考えるほどわからなくなる。


 神部雅恵からの電話で、翔子は近くの甘味屋に出かけた。


「近くまできたものだから、お茶でもどうかと思って」


「1人でむしゃくしゃしてたから、ちょうどよかった」


抹茶セットを頼むと、翔子の口から夫の身勝手な話があふれた。抹茶大福


を口に運びながら、雅恵は翔子の話を聞いていた。


 話し終えるとふーっと息をはいて、翔子は、雅恵さんはどう思います?


と尋ねた。


「問題は退職金を使って商売を始めるのに、ひとことの相談もなかったこ


とよね」


「それだけじゃあないですけど…」


「その一、退職金を半分もらって離婚する」


「離婚は考えてません」


「それではどうしたいの?」


「それがわからないから、相談してるんです」


「商売をすることに反対なの?」


「反対ではないですけど、失敗したら…」


「どうして失敗すると思うの?」


「だって、素人が突然商売したって、無理でしょう」


「内容は詳しく聞いたの?」


「いえ、退職金を使うと言うので腹が立って、口もきいてません」


「とにかく、きちんと話をしてみたら。聞いてみないことにはわからない


し、面白い話なら翔子さんも手伝えばいいのよ」


「えっ、わたしが手伝うのですか」


「そう、きちんとお給料をもらってね」


「そんなこと考えてもみませんでした」


「だったら、考えてみたら。家に閉じこもっているより、カフェで働くな


んていいんじゃない?」


「考えてみます」


 翔子はお年寄り相手の喫茶店なら、お抹茶やお煎茶をメニューに入れれ


ば喜ばれるかもしれないし、自分にも働けるかもしれない。


 雅恵のいうように、博之の話をきちんと聞いてから結論を出しても遅く


はないと家路を急いだ。




 家に帰ると博之が家にいたので、チラシを出して詳しい話を聞いた。


 博之たち3人は「シニア情報生活アドバイザー」の資格を取って、インタ


ーネットカフェという形で高齢者にパソコンを教えるつもりである。しか


し、それだけでは商売としては成り立たないので、インターネットやメー


ルを覚えた高齢者にパソコンを売る。ただ売るのではなく、接続、セッテ


ィングも全部して、カフェと同じ状態で使えるようにする。  

  

また高齢者がパソコンで困った時には、訪問して手助けをするアフターサ


ービスを充実させる。パソコンは田嶋が働いていた会社の取引先から仕入


れる。家賃は商店街の再開発事業で半額の補助が出る。軌道に乗るまで人


を雇う余裕はないが、はじめは3人でできることをする。地域の公共施設で


高齢者向けのパソコン教室も開催する。翔子にはよくわからなかったが、


数字だらけの書類もあった。 


翔子は一番気になっていることを聞いた。


「カフェなんだから、誰がコーヒーやお茶を入れるの?」


「それは…これから、なんとかする」


「わたしが反対したらどうするつもり? 離婚する?」


博之は言葉に詰まった。


「ひとつ、条件があるの」


「なんだ」


「わたしを雇ってください」


 博之は離婚という言葉よりも狼狽しているのが翔子にはおかしかった。


「雇うって、まともに働いた経験もないのに、何ができる?」


「だから、お茶やコーヒーを淹れたり、ウエイトレスになったり」


「ウ、ウエイトレス? おまえが…」


「お客様は70歳や80歳のおじいちゃまやおばあちゃまでしょ、それならわ


たしは充分若いじゃないの」


「しかし、喫茶店のことなど何も知らないだろう」


「それはあなたも同じでしょ」


 翔子はこんな風に夫と会話ができることが楽しかった。


なんだか、自分でもいろいろなことができそうな気がして力が湧いてき


た。


「オープンまであと3ヵ月あるから、その間に喫茶の学校へ行きます」


「しかし、神童と田嶋に相談してみないと」


「どうぞ、相談してください。この条件がだめなら離婚しますし、当然慰


謝料その他、いただけるものはすべていただきます。そうなればお店は開


業できないでしょうね」


 翔子の笑顔に博之は震えあがった。これは本気だ、さっそく2人に相談しなくては。

 博之が出かけた途端に、翔子は体から力が抜けてソファーにへたりこん


だ。




 「雅恵さん、やったわよ」翔子は電話で雅恵に博之とのやりとりを報告


した。


 「わくわく片付け講座」の資料を出して、改めて考えた。大切なものは


「生きがい」と書いた。自分の年表を見ると、結婚してからは夫や子供の


ことを考えて暮らしてきた。もちろんそれは自分が犠牲になったわけでは


なく、それが生きがいであり、望んだ生活だった。夫婦げんかもしたが大


病をすることもなく、子どもたちも成人し夫も退職まで無事勤められたこ


とが幸せだったのだ。人生50年時代の物語でいえば、ここでめでたしめで


たしで終わるのだろう。これからまた新たな物語が始まる。いや、始めよ


う。夫の手伝いでなく、スタッフの一人として責任をもって仕事をする。


還暦のウエイトレスになってもいいじゃない、かわいいエプロンを買お


う。おいしいサンドイッチやお菓子が作れるようになりたい。博之の計画


書には、パソコンは店に何台必要だとか、一月に何台売るだとかパソコン


のことばかりで、カフェのことはろくに考えず、自動販売機でも置けば良


いと思っているようだ。これだから男は困る、若い人はともかくお年寄り


は単にパソコンを習いに来るわけではないだろう。またパソコンをしなく


ても、おいしいお茶やお菓子、話し相手がいれば立ち寄りたくなるだろ


う。そういう場にすることこそ大切なことではないのか。


新聞の読者欄で、ひとり暮らしの高齢者が誰とも口をきかずに家にいると


気が滅入るので、人と話すために無料パスでバスに乗って隣に座った人と


しゃべるのを楽しみにしているという記事を見たことがあった。そういう


人が立ち寄ってくれる場所になればどんなによいだろう。翔子にはその情


景が目に見えるようだった。


 翌日の「わくわく片付け講座」は欠席者もなく始まった。


「今日は皆さんの想像力を働かせてもらいます」と、くら子の言葉を合図


にまろみがカセットのスイッチを入れた。チェンバロの静かな音が部屋に


流れた。


「それでは、始めましょう。皆さんは片付けたいものがあってこの講座に


参加されたので、眼をつぶって片付けたいものをイメージしてください。


おうちの中に何がありますか…古い洋服、使わない電化製品、本、思い出


の品、結婚式の引き出物、お土産、バーゲンで衝動買いしたもの、賞味期


限切れの食品、いろいろありますね。引き出しや押し入れはどうなってい


ますか。以前、片付けたいのは夫ですと言われた方がありましたが、それ


でもいいですよ」


「それはわたしです」というつぶやきに笑いがおこり、誰だろうと翔子が


そっと目を開けると、雅恵だったので驚いた。


「次に、片付いたところを想像してください。ものが散らかってなくて、


すっきりきれいになっています。どうですかどんな気分ですか、気持ちが


いいですか」




 翔子の頭の中には、なぜか自宅の部屋ではなく、喫茶店で働いている自


分の姿が浮かんだ。花を飾り、コーヒーを入れたり、お菓子を運んだり、


忙しく働いている。


「では眼を開けてください」 


 まろみが紙を配った。


「それでは、この紙に片付けを終えたご自分はどういうイメージか書き出


してみてください。捨てる決断ができる。でもいいし、片付け上手のいい


女でもいいです。女優の〇○さんみたいな素敵な女性でもいいですよ」


 翔子は迷わず、喫茶店でいきいきと働く素敵な女性と書いた。


「この紙は冷蔵庫の扉にでも張っておいてください。皆さんは、それを見


るとご自分のすてきなイメージを思い出せますから」


「それでは、いよいよ具体的な整理の話に入ります」


くら子は資料を配り、チェックリストの説明をした。


「そろそろ皆さん、今のご自分に何が必要で何が必要でないか、保留にし


ておくものは何かがはっきりしてきたと思います。ご質問はありません


か」


 思い浮かぶものを書きだして、翔子は改めてリストを見直した。必要で


ない「もの」ばかり後生大事に抱え込んで、自分自身の中味は空っぽだっ


たのだ。


 ものは処分して身軽になり中味を満たしたい、人生を楽しむ時期が来た


のだと思った。


 くら子は話は続いているが翔子の耳には届かず、手帳にこれからするこ


とを書きだしていた。夫とも、もっといろいろ話し合わなければ、これか


ら忙しくなる。どれだけのことができるかわからないけれど、今、踏み出


さなければきっと後悔する。妻でも母でもなく、ひとりの人間としてスタ


ートする時が来たのだと思うとわくわくした。

 





現在も「大切なものは何か」は講演でお尋ねしますし、「自分史年表」は『定


年男路の老前整理』や『老前整理実践ノート』につけています。


また自分史年表に関してはHP2 老前整理のナッジの


[自分史年表を作成する]をご覧ください。


元T親方は「卒婚」で離婚されましたが、この話を書いた10年前には卒婚が


離婚という見方はしていなかったように思います。





 







「くらしかる」(HP2) ご案内 


 


 























「くらしかる」(HP1) ご案内 


   HP1ヘ      




















   
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