20 、サポーター殺人事件(4)

   講座にスパイがいるという情報が!

   



「職業ではなく、TPOに応じて自分を演出するという意味でね」


「ある時は黒服の未亡人、またある時は真っ赤なワンピースで彼氏とカラ


オケ?」


「それで、警察に逮捕される?」


「逮捕はされませんけど、講座に来た人たちを騙しています」


「それでは質問、まろみちゃんは騙された?」


「いいえ、あっ、青になった」


 信号が変わり、花の終わった桜並木を横目に見ながら、再び歩き始め


た。


「たぶん、皆わかっていると思います。いや大山さんは例外かな」


「わかっていて、わからないふりをしている場合もあるし」


「どうしてそんなことするんですか」


「相手を傷つけないために、もしくは自分にとってどうでもいいことだか


ら、あるいはその方が自分に都合がいいからかもしれない」


「最後のは下心ってやつだったりして」


「さあ、どうでしょう。ほんとうのところはわからないわね。でもわたし


たちだって、講座の主催者の顔と、事務所で豆大福を食べている時の顔は


違うでしょ」


「そりゃそうですけど、誰だってそうじゃないですか」


「そこなのよ。誰だっていくつかの顔を持っていて、その差が大きいか小


さいかの違いだけかもしれない」


でも…と、まろみは黙り込み、くら子はあららと立ち止まった。


 いつの間にか2人は事務所の前を通り過ぎていた。

 




アンケートを見ていたくら子がアハハと笑いだし、お茶を入れていたまろ


みがすっ飛んできた。


「どうしたんですかぁ」


これを見てちょうだいと、くら子はアンケートを差し出した。


「なになに、この講座にスパイがまぎれこんでいます。注意してくださ


い。詳しいことはいえません。なんですか、これ? 書いたのはもしかし


て…やっぱり元動物探偵の陸奥慶子さんですね。人間の探偵まで始めたの


でしょうか」


「わかりませーん」


「スパイって誰のことでしょうか」


「まろみちゃんも好きねぇ。ところでお茶はどうなったの?」


あ、忘れてましたと、まろみはお茶を取りに戻った。


 さくら餅と煎茶を載せた盆をまろみはそっとテーブルにおろした。


「前にも『わくわく片付け講座』の真似をした『らくらく片付け講座』が


ありましたよね。あれはどうなったのでしょう」


 くら子はさくら餅にかぶりついていた。


「スパイですよ、スパイ! さくら餅を食べている場合ではないと思いま


す」


まろみは腰に手を当ててくら子をにらんだ。


「そう、じゃあまろみちゃんの分もわたしがいただき」


くら子が手を伸ばすとまろみが制した。


「これはわたしの分ですから」


「そんなにカリカリしないで、座ってさくら餅をどうぞ」


 まろみはさくら餅にかぶりついた。湯呑にお茶を注ぎたしながら、くら


子がしみじみつぶやいた。


「やっぱり、さくら餅は道明寺でなくてはねえ」


くら子のつぶやきにまろみが首をかしげた。ドードージ?


「どうみょうじ、さくら餅は関東と関西では違うのよ」


まろみの口には素早く2つ目のさくら餅が押し込まれていた。


 ゆっくりとお茶を飲んだくら子はまろみに向き直った。


「それで、さっきの話だけど」


「ドードージですか」


「その話はもういいのよ」


「わたしにはよくありませんよ。気になります」


 仕方なく、くら子は関西のさくら餅はもち米から作った道明寺粉でつく


られており、関東の餡をうす焼きの皮でクレープのように包んだ長命寺餅


との違いを説明した。


「すっきりした?」


くら子の問いにまろみはこくんとうなずいた。

 




「それでスパイの話だけれど、慶子さんの勘違いではないかしら?」


「火のない所に煙は立たないと言いますよ」まろみは眉をひそめた。


ジェームズ・ボンドでも現れたらうれしいけど。それもショーン・コネリ


ーでね」


空いた皿を見つめて、くら子はにっこりした。


「くら子さん冗談ではないです。でもわたしならティモシー・ダルトンを推


します」


「趣味が違って良かったわ。この話は慶子さんに詳しいことを聞いてから


考えましょう」


はいと不承不承答えたまろみは湯呑みを片付け始めた。


「それより、問題はチラシよ」


えっ、なんの話でしょうとまろみが立ち止まった。


「ほら『わくわく片付け講座』のチラシが郵便受けに入っていたって」


「そういえば、そんな話がありましたねえ」


「誰が入れたの?」


「サンタクロース、エンジェル、妖精、エイリアン、モモタロー、なんて


ことないですね」


なんでエイリアンやモモタローなのよと言いながら、くら子はくくくと笑


いをかみ殺した。


「別に誰でもいいんじゃないですか。宣伝してくれてるのだから」


スパイの話と違いまろみは楽観的だ。


「そうはいかないわよ。誰だかわからない人がK社のチラシをまいてるなん


て気持悪いじゃない」


くら子の勢いに押されてまろみが黙り込んだので、くら子はしょうがない


わねと、スパイとともにチラシも棚上げになった。


 3日後、古書店「ぽんぽん堂」の恵比寿が事務所を訪れた。


「まろみちゃんの好物を買ってきたぞ」ありがとうございますと袋を受け


取りながら、ぴくぴくとまろみの鼻が動いた。


「この匂いは柏餅」


「ほお、すごいな。だてに大きな鼻をつけているわけではないなあ」


「それどういう意味ですか。大きな鼻ってわたしは象ですか」


「失敬、言葉のあやです」


むくれたまろみに構わず恵比寿は事務所を見まわした。


「くら子さんは?」


「外出中です。もうそろそろ帰ってくると思いますが…」


それじゃあ待たせてもらおうと、恵比寿がどんと腰を下ろすとソファーが


ギギギときしんだ。


柏餅の袋を大事そうに抱えたまろみが壊さないでくださいねと釘を刺し、


台所へ消えた。

 




 お茶の用意をしてまろみが戻ると、恵比寿は珍しく神妙に座っていた。


「ははーん、恵比寿さん、なにかくら子さんに頼みごとでしょ」


いや、そういうことではないのだけれどと恵比寿は口を濁した。


この柏餅はそのためだとまろみは断言した。


「おいおい、まろみちゃん、おれだってたまには手土産ぐらい…」


そこへ、ただいまーとくら子が帰ってきた。


「あら、恵比寿さんいらっしゃい」


「くら子さんが帰ってくれて良かった。今、まろみちゃんにいじめられて


たところでね」


「ははーん、なにかしでかしたんだ」


「くら子さんまで、同じことを言うなよ」


それで、お話というのを聞きましょう。バッグを置いてくら子は恵比寿の


正面に座った。


「実は…『ひきとりや』の健さんとね、いろいろ話し合って…」


 まろみもくら子の隣に座った。


「うちも健さんの所も、景気が良くないからチラシをまくことにしたんだ


よ」


先が続かない恵比寿に、それでと腕を組んだくら子は先を促した。


「ええと、我々はK社の仕事に賛同しているし…協力もしたいと思ってね」


 くら子には恵比寿の話が見えてきた。


「新聞の折り込みだとけっこうな金がかかるし、例の柔道部の後輩にほ


ら、ポスティングっていうのかな郵便受けにチラシを入れるやつ、あれを


アルバイトで頼んだんだ」


それで、とくら子は笑いをかみ殺した。


いやその、恵比寿は頭をかいた。


「正直に白状した方がいいですよ」まろみにも事情がわかったようだ。


「健さんと話をしてて、2枚配るも3枚配るも同じだから、ついでにK社の


講座案内もコピーして配ったわけで」


「なるほど」


「健さんにこの事をくら子さんに連絡しとくように言われたんだけど。急


に蔵書を売りたいって話が来て、それがまた掘り出しものだったというか


…悪かった」


恵比寿は申し訳なさそうに頭を下げた。


「お陰で、気味の悪い思いをしました」


「そりゃそうだな、うん」


恵比寿は顎に手をやって、にやりとした。


「だけど、気味が悪いほど反響があったってわけだな。問い合わせや反響


がなければわからなかったはずだから」


「恵比寿さんって見かけによらず頭いいんですね」と、まろみが口をはさ


んだ。


「見かけによらずとはどういう意味だ」


低い声で聞く恵比寿にまろみはしゃらんとして、そういう意味ですと答え


た。


「2人とも子供みたいな真似はやめてちょうだい。それより、お陰さまで受


講者が増えたことは確かです」


そうだろ、な、と恵比寿はまろみを無視してくら子に笑顔を向けた。


「ま、その話はこれで終わりにして、もうひとつあるんだ」

 




 恵比寿の話では、昔「ひきとりや」の健さんのところで働いていた男が


リサイクルショップを開くといって場所を探しているらしい。その男は、


一時流行った写真の現像の店を開くといって「ひきとりや」を辞めたがつぶ


れ、その後コンビニを開店したがこれもつぶれ、また元のリサイクルの仕


事をしようという気になったらしい。


「健さんの商売敵ができるっていうことですか」


まろみの問いに、恵比寿はうちにとってもそうなんだと答えた。


「洋服から家具、骨董、古書までなんでもやるそうだ」


「そんなに失敗ばかりしているのに、よくそれだけの資金がありますね


ぇ」


そこなんだよ、くら子さんと恵比寿はテーブルを叩いた。


「バツ4の男といえば見当がつくだろう」


 2人はこっくりうなずいた。


「そいつは、健さんやうちがK社とつながりがあることを知って講座にもぐ


りこんでるみたいなんだ。おれたちの商売どころか、同じような講座を開


くと吹聴しているらしい。


つまり我々のグループの仕事をそっくりいただこうという寸法なのさ」


まろみは、許せない! と、こぶしを握りしめた。


「恵比寿さん、この情報はどこから?」


くら子は冷静だった。


「幼なじみの不動産屋が教えてくれたんだよ」


わかったーと、まろみは声をあげた。久しぶりに頭上に灯りがともったよ


うだ。


「おい、まろみちゃん急にどうしたんだよ」と恵比寿が体を引いた。


「スパイですよ。スパイ」


恵比寿はあたりを見回してスパイがいるのかと声を潜めた。


苦笑しながらくら子は、講座のアンケートでスパイがいると書いた人がいた


ことを説明した。


「そいつは誰なんだ?」

 




「書いた人ですか、それともスパイ?」


スパイ、スパイと、梅干を呑み込んだように恵比寿は連呼した。


くら子が口を開く前に、まろみが元動物探偵とまくしたてた。


なんだ、そりゃ、恵比寿は気が抜けたように肘かけにもたれた。


「だから元動物探偵が、スパイがいるって。ただ誰かは書いていないんで


す」


「電話して聞けばいいじゃないか。スパイは誰ですかって」


「そうはいきませんよ。それが真実かどうかわからないのに」


 確かになと恵比寿は腕を組んだ。コチコチと時計の刻む音だけが響い


た。くら子は、恵比寿の前の湯飲みが空になっているのに気がついた。


「まろみちゃん、お茶を淹れなおしてくれる?」


「あっ、お持たせの柏餅を忘れてました」


「これは大事件だな」


しみじみつぶやく恵比寿に、どうしてですかとくら子は尋ねた。


「まろみちゃんが柏餅を忘れるなんて、ありえなーい」


そうですねえとくら子も相槌をうった。


柏餅を手にしながら、まろみは聞いた。


「バツ4ということは4回も結婚してるんですよね」


恵比寿は当たり前だろという顔でまろみを見た。


「4回も結婚する人がいるのに、わたしは1回もできない。これはどこが違


うのですか?」


 突然のまろみの剣幕に、恵比寿は柏餅をのどに詰まらせた。ゆっくりと


お茶を飲んで落ち着いた恵比寿は、まろみに諭すように言った。


「人生をまじめに生きてたら、4回も結婚できないはずだがね」


「そうなんですか」まろみは真剣だ。


「だってこの男は結婚詐欺なんだぜ、まろみちゃんだまされたいの?」


「ううむ、ものすごくいい男だったら騙されたふりをして騙してやりた


い」


「ミイラ取りがミイラになったりして…こういうのが危ないんだよな」


 くら子は2人の会話を聞きながら考えていた。


 今回の講座にそんな男がいただろうかと、一人ずつ思い浮かべていっ


た。


 そこへ恵比寿は携帯に電話が入り、急用ができたとあたふたと帰った。


後姿を見送りながら、まろみがつぶやいた。


「恵比寿さんもチラシのことを早く言ってくれればよかったんですけど


ね」


「まあ、あの通り忙しい人だからね」


なんだか気が抜けましたと、まろみはソファーに横になった。


「くら子さん、バツ4の男って誰なのでしょう」


「さあ、わからないわね。人は見かけによらないというから」


「一番怪しいのは、ハウスクリーニングの社長だと思うのですけど」


くら子は机で受講申込書を見ている。


「テレビのサスペンスドラマなら、大した役でもないのに大物俳優が演じ


ていたら、間違いなく犯人なんですけど」


そうねえと、くら子は生返事をした。


「ミステリーでは一番犯人らしくない人が犯人なんですよね」


まろみは残った柏餅を食べながら天井を見上げて、ああだこうだとひとり


でつぶやいている。


「くら子さん、聞いてます?」


「ああ、何か言った?」


聞いてなかったんでしょうとまろみは立ち上がり、くら子の後ろから書類


をのぞき込んだ。


「まさか、元警官で白菜の漬物を漬けてる坂根さんを疑ってるんじゃない


でしょうね」


さあ、どうでしょうとくら子は次の申込書を見た。


「炭焼きのコーケンさんは元営業マンだから女性を口説くのは得意かも?」


「口がうまいからもてるとはかぎらないし、成績のいい営業マンはべらべ


らしゃべらないって聞いてるけどね」


そうなんですかと言いながら、まろみは椅子を持ってきてくら子の隣に腰


を下ろした。

 




「梅森さんは女性の前に出るとしゃべれなくなるタイプだと思います」


自信を持ってまろみが答えた。


「あら、よくわかるわねえ」


「そりゃあ、わたしだってだてに長年女をやってるわけではありません」


おみそれしましたと、くら子はまろみに向いて頭を下げた。


はずみでファイルの上の紙が床に散らばった。


あららと紙を拾い集めて、くら子は一番上の紙に目を落としてハッとし


た。


まろみの目はくら子の表情を見逃さなかった。


「なにかわかりました?」


くら子はウウムと唸って、ため息をついた。


「人を疑うっていやなものね」


「でも、敵はひきょうな手を使って…」


「ちょっと待って、話を整理してみましょう」


くら子は椅子に座りなおした。


「陸奥慶子さんがアンケートにスパイがいると書いた。これは根拠がはっき


りしない」


「ガセネタってことですか」


まろみはどこでそんな言葉を覚えたのだろうと思いながら、くら子は続け


た。


「恵比寿さんがリサイクルの店を作ろうとしている人の話をして『サポー


ター講座』に参加しているかもしれないと言った」


「話がつながったじゃないですか」


「それは、わたしたちの想像でしょ」


「こんな偶然はないと思います。くら子さんは真実を知りたくないのでし


ょう」


くら子はゆっくりとうなずいた。


「でも、このままではよくないと思います」


くら子はじっと考え込んで、まろみに向き直った。


「実は、ひとり思い当たる人がいるの」


「誰ですか? あとは大山さんくらいしか…」


「男性じゃあないの」


えーっ、とまろみは椅子から転げ落ちそうになった。

 




「ま、まさか女装してたんですか?」


くら子は思わず噴き出した。


「そうじゃあないのよ。ワークショップの時にある人の左手の甲には子供


の頃に自転車で転んで、田んぼに落ちた時に付いたという大きな傷があっ


たの」


そんな人いましたかねえと、まろみは額に皺を寄せて考えた。


「本人も気にして、右手を重ねてらしたからわからなかったと思うわ」


それならどうしてとまろみは首をかしげた。


「たまたま化粧室で並んで手を洗っている時に、目がいったの。そしたら


その方が実はと話してくださったのよ」


「だれ、だれ、だれなんですか?」


「宮本和美さん」


「えーっ、あの主婦の宮本さんですか?」


「わたしもまさかと思って、ワークショップの時の申込書を出してみたら


筆跡が違うの」


「どういうことでしょうか」


「わたしにもわからないけど、ひとつ試してみようか?」


 2人はいたずらを相談する子供のように頭を寄せて、ひそひそと話し合っ


た。


 まろみは和美の連絡先の番号に電話をした。


「もしもし、宮本様のお宅ですかK社の松坂まろみですが」


「まあ、まろみさんごぶさたしています。相変わらずお元気そうな声です


ね」


ごぶさた、と聞いてまろみはくら子と打ち合わせ通りに聞いた。


「無事、片付けは終わりました?」


なかなか進まなくてと笑い声が帰ってきた。

 




 サポーター講座で宮本和美と名乗る女は母親の遺品整理の話をした。し


かしこの話が本当かどうかわからない。また下手にその話を持ち出すわけ


にはいかない。


まろみは電話をスピーカーに切り替えて、くら子にも聞こえるようにし


た。


「そうですか、次回の『サポーター講座』のご案内をしようかと思ったの


ですが」


「とんでもない。他人様の片付けを手伝うなんて大それたことは考えては


いませんよ」


「そうですか、残念ですね。そういえば和美さん3日前にHデパートの地下


でお見かけしたような気がするんですけど」


「3日前? 人違いじゃないですか、わたしは最近デパートなんて行ってま


せんから」


「でも、ほんとにそっくりでしたよ。他人のそら似でしょうか」


「ああ、わかった。それはたぶん妹の正美です。Hデパートのネクタイ売り


場に勤めているんです」


えっと、まろみは口ごもった。


Hデパートは出まかせなのに、話がおかしな方向に転がっていく。


「妹といってもわたしたち双子なんです。この前、珍しく妹がうちに遊び


に来たので『わくわく片付け講座』の話をしたのです」


くら子がメモに「もっと聞く」と書いた。


まろみが、もっと聞くとつぶやいたので、和美がええ? と聞き返した。


「いや、その、ミッションが、クッションで…い、妹さんはデパートに長


くお勤めですか?」


「ええ、今は主任だそうです。わたしはね殿方相手の職場だから、早くい


い人を見つけなさいと言い続けてきたのに」


トノガタ? まろみの疑問に、くら子が「男」と書いた。


「ああ、なるほど、ネクタイ売り場でしたよね」


「そうなの。でも妹は面食いだから、好みがうるさいのよ」


麺食い? ラーメン? 讃岐うどん? それとも、ジャージャー麺? ま


ろみの頭の中でメニューが回っている。くら子は笑いを噛み殺しながら


「イケメン」と書いた。


メモを見て、まろみは小さくうなずいた。


「イケメン…ですか?」


和美は今の人はそう云うのねぇと笑った。


くら子はもう一度「男」を指差し「デパ地下のアベック」と書いた。


アベック? まろみは首をかしげてつぶやいた。


「デパ地下のアベック…」


答えは向こうから返ってきた。


「ああ、やっぱり正美は岸田さんとご一緒だったのね。素敵な紳士だった


でしょう?」


くら子が声を出さずに「はい」と言えと、口を動かしている。


「はい」まろみは答えた。


「アベックで、地下の食品売り場でお買い物…うふふ。年下らしいけど、


ようやく正美にも遅い春が来たのかもしれない」


和美の声は弾んでいた。



これ以上の長話はまずいと思い、くら子はまろみのスマホを鳴らした。


「あ、和美さん、すいません。スマホに電話が入って、これで失礼しまー


す」


 まろみは受話器を置いて、くら子とハイタッチをした。


「探偵をするのも楽じゃあないですね。冷や汗をかきました」


「ごくろうさま、まろみちゃんもやるじゃない。大したものよ」


くら子はこの時とばかり、まろみを持ち上げた。


いやあ、それほどでもないですけどと言いながら、まろみは髪に手をやっ


てまんざらでもないようだ。


「もしかしたら、女優なんて仕事もありかな? スカウトされたりして…


キャッ、どうしよう」


はあ? 長生きするわねと、くら子は胸の内でつぶやいた。


「それで、ワトソン次の手は?」


まろみはシャーロック・ホームズのつもりらしい。


「現場よ、現場」


くら子は机の上の書類を片付けた。


「なーるほど、犯人は現場に戻るっていいますから。ところで現場ってど


こですか?」


「これから乗り込むわよ」


くら子はバッグをつかんで立ち上がった。


サポーター殺人事件(5)に続く

 





およそ10年前に書いたので、映画007のジェームズ・ボンド役としてショーン・


コネリーとティモシー・ダルトンと書いています。正直なところ、今のジェームズ・ボ


ンドは誰? という状態なので、そのままにしています。





 







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