12    リバウンド 

        講座を受講しても必ずしも片付くとは限らない

   



「わくわく片付け講座」を受講すれば全員が問題を解決できるとは限らな


い。これは例えるとダイエットの本を読んだだけでは痩せないのと同じで


ある。また一度は部屋が片付いた、すっきりしたといっても、2,3ヶ月た


つと、元に戻ってしまったという場合もある。


 ダイエットでは、一時的に体重を減らしても、その後また元に戻った


り、反動でダイエット前より太ることをリバウンドと呼んでいる。整理や


片付けにも、このリバウンドがある。


 K社では、講座を受講した方々にアフターフォローも兼ねて、講座終了後


3ヶ月たつと往復はがきを出している。今の時代になぜはがきかと思われる


だろうが、メールよりもはがきのほうが返信率が高いからである。以前試


したので、わざわざ手間のかかる往復はがきを出している。


 返信の内容は受講後、スムーズに片付きその後もうまくいっている場合


は二重丸。受講後はうまくいったが、その後戻ってしまったという人は、


丸の中に三角、受講後の片付けそのものがうまくいかないという人は? 


マークを記入することになっている。書きたい人は近況を書いてもらう


が、基本的に返事は記号と名前のみとしている。


 返信が来ない人は? だろうとK社では判断している。


 返って来たハガキを見ながらまろみが名簿をチェックしている。


「くら子さん、今回は二重丸が60パーセントで、リバウンドが30パーセン


ト、後の10パーセントが? です」


「だいたい、そんなものかなあ。それでは、手分けして電話をしてみまし


ょう」


 電話ををするのは丸に三角のリバウンドの人と、? の講座を受けても


どうにもならなかったという人だけである。


「くら子さん、高井百合さんは講座の後、お姑さんが手首を骨折で入院さ


れて、それどころではなかったそうです」


「それは、大変だわ」


うまくいかなかった人たちや、明らかにリバウンドで元に戻ってしまった


人たちに、電話で話を聞く。この時、くら子とまろみは責めるような言葉


は使わないようにしている。


もともと、「わくわく片付け講座」に参加したということは、片付かない


からである。


そして、"片付けられない"というのは、誰かに責められなくても、心の底


に負い目となって沈んでいる。


 子供のころから、母親にあなたは片付けが下手だと言われ続けた人。


 夫に、家事もまともにできないのかと言われた人。


 姑に、だらしない嫁だと嫌味を言われた人。


 友人や兄弟姉妹の何気ないひとことで傷ついた人。


 片付けるということはそういう傷を癒す行為でもある。


 だから、一度でうまくいかなかったからといって責められない。講座を


受講しても片付かず、返信の葉書に? としてもらうのは、バツを書いて


欲しくないからである。これで終わりではなく、まだまだ可能性があると


いう意味で? と書いてもらう。


「まろみちゃん、黒田容子さんはハガキを出すのを忘れておられたそう


で、二重丸だって」


「良かった。これで? が1つ減って、二重丸が1つ増えてと」


 名簿を確認しているまろみにくら子が聞いた。


「容子さんはとっても上機嫌でした。さて、なぜでしょう」


「片付いてすっきりしたからではないのですか」


「それもありますが、もうひとつ。押し入れを片づけたら、本の間からへ


そくりが出て来ました。そこで来週はご夫婦で二泊三日の温泉旅行なんだ


よ」


「いいなあ、うらやましい。片付ける人には福来るですね。温泉なんて、


わたしは何年も行ってません」


「ほんとねえ、温泉に入って命の洗濯もよいわね」


 二人が温泉で盛り上がっているところに電話がかかってきた。


「お葉書をいただいた牛窪みどりですが、ご相談がありまして、これから


事務所にうかがってもよろしいでしょうか」


 電話を保留にしてまろみが訊いた。


「くら子さん、牛窪みどりさんがこれから相談に来たいとおっしゃってま


すけど、どうします?」


「牛窪さんから返信は来てたの?」


 まろみが首を振ると、くら子は受話器を受け取った。


「ご無沙汰しております。みどりさん、これからお越しになりますか。は


い、お待ちしております」


 その節はお世話になりまして、と現れた牛窪みどりは三ヶ月前より心な


しかふっくらしていた。くら子は応接コーナーに案内し、その後、いかが


ですかと訊くと、みどりはそれがのひとことのあと口をつぐんだ。


まろみが水出し煎茶と葛饅頭も持ってきたので、まずはどうぞと勧めた。


「くら子さんの好物は豆大福なんですけど、夏は葛饅頭に変わるんです


よ。みどりさんも召し上がってください」


 白いハンカチを膝の上に広げ、みどりはゆっくりと煎茶を飲み、葛饅頭


を口に入れ、にっこりした。


「冷たい葛饅頭はおいしいですね。久しぶりにいただきました」


 そろそろよいかと思いくら子は訊いた。


「片付きませんか?」


「はい。片付けたいのに体がだるくて動かないんです。頭と体がつながっ


ていないみたいで。ほんとに、気持ちはあるんです。すっきりしたいと思


っています。でも、どこから手をつけていいのやら、動けないし。夫や妹


は単なるぐうたらだって言うんです。それで、ますます落ち込んで、動け


ないのです」


「みどりさん、どこかお悪いところは?」


「年に一度は人間ドックで調べてもらっていますが、体重が増えてメタボ


予備軍だということ以外、特にこれといって。風邪をひいたのも何年前か


というくらいです」


「それでは暑くもないのに、顔がほてって、急に汗が噴き出るということ


はありませんか」


「そういえば、何時間も冷房の中にいるのに、突然汗が噴き出ることが何


回かありました」


「もしかしたら、更年期で、体調が良くないのかもしれませんね」


 みどりは、アッという顔をした。


「ちょうど、おからだが変化する時期なのかもしれません。本当に体調が


悪いようでしたら、お医者様にご相談されればと思います。今までにも、


更年期でやる気が出ないとか、片付けられないという方がありました。そ


ういう時は、無理をなさらない事です。そして、ご自分を責めない事。で


ないと、ますますイライラして落ち込みます」


「確かに、落ち込みまして…どうしようもなくて、こちらにご相談にうか


がったのです」


「弊社で片付けのお手伝いをさせていただくこともできますし、体調が良


くなってから片付けられても良いと思います。一番よくないのは、できな


いできないと思い悩むことです」


「はあ、しかし、やっぱり気になります」


「それでは、特別な秘訣をお教えします。良いですか、わたしの言うとお


りに唱えてください。『片付かなくても死にはしない、片付かなくても死


にはしない、片付かなくても死にはしない』はいどうぞ」


 みどりは一瞬ポカンとして、あはははと笑いだした。


「そういうことです。体調が良くなられたら片付けられれば良いのです。


また、今できることと思われるなら、今日はこの小さい引き出しひとつと


か棚を一段かたづけるとか、小さな事を一日ひとつずつにしてください」


 笑い過ぎて涙を浮かべているみどりはうなずいた。


「とにかく、気になさらない事です。それに妻が片付けをしないといけな


いという決まりはありませからね。あとは、気分転換に何かなさるのをお


勧めします」


「実はフラメンコを習いたいと思っているのです」


「それはすてきですね。体を動かすことも良いですから」


「くら子さんもご一緒にいかがです?」


「いや、わたしは、とても、そんな」


 なに照れてるのですかとまろみに冷やかされ、くら子は忙しいものでと


ごまかした。 




 みどりが帰るとくら子はリバウンドの真鍋玲子に電話をすると元気そう


な声が返ってきた。


一度は片付けたので、洋服や押入れの余分なものは処分し、片付いたが、


その後、リビングやキッチンは、使ったものが出しっぱなしになってい


て、またまた混乱状態だとのことだった。


「ご自分でそのことがわかっておられたら、大丈夫ですよ。最近忙しかっ


たのではないですか」


「そうなんです。実はマンションの自治会の役員を押しつけられまして、


書類だとか、コピーだとか、紙が山ほどやってきたんです」


くら子は笑いをこらえながら続けた。


「紙がやってきたんですか。それは大変ですね。必要な書類はファイルさ


れて、不要なものはその場ですぐ処分していかれると良いかもしれません


ね」


「そうですね。なんだかばたばたして、ゆっくり考える暇がなかったので


すが、前の時と同じようにひとつひとつすればよいのですね」


「はい、どの程度の紙の量かわかりませんが、多いのであれば、ファイル


をいれるボックスを購入されて、そこへファイルを放り込むようにすれ


ば、テーブルやソファーの上に紙がいっぱいということにはならないと思


います」


「まあ、まるでうちをご覧になったみたいですね」


「いえいえ、だいたいパターンがありますので。テーブルやソファーがふ


さがると、次は床に紙が散乱するようになります。そこまでいくと、倍く


らいのエネルギーが必要になりますので、今の段階で片付けられればと思


いますが」


「わかりました。やってみます。うまくいけば、二重丸の葉書を送ります


ので」


「お待ちしております」


 講座の中でリバウンドや対応策についての説明もしてあるので、どうし


てリバウンドになったかということは概ね理解してもらっているようだ。


何十年も積み重ねてきた人間の習慣はそう簡単には変えられるものではな


いので、過程のひとつと考えればそう落ち込むこともないのだが、頭では


わかっていても落ち込む人は多い。


 まろみは三田ふくみと小一時間も電話で話をしている。


「変わろうか?」とメモに書いて渡すとまろみは首を振った。20分後に電


話が終わった。


「どうだったの?」


「それがリバウンドで、また物があちこちに散らばって、ご本人曰くうつ


状態だそうです。どうやらバーゲンで物を買いすぎたみたいですよ。気が


付いたら洋服に靴にバッグの箱や袋がいっぱいだそうです」


「ストレスかしらね」


「そうみたいです。嫁姑の問題で、なんとなくですけど息子さんのお嫁さ


んに張り合ってるみたいです。でも、ずっと話を聞いているうちにだんだ


ん落ち着いてこられて、衝動買いして馬鹿みたいだったわっておっしゃっ


てましたから」


「それなら、大丈夫みたいね」


「あとは伯方賀永さんだけが、連絡取れないんです」


 くら子が電話をすると、賀永が出た。


「あら、くら子さん、お久しぶりです。姪の結婚式で5日程ハワイに行って


たのよ。それができちゃった婚でバタバタと決まって」


「おめでとうございます。ところで、お葉書ではリバウンドということで


したがその後も片付いていませんか」


「今ねえ、ひっくり返っているわよ。アハハ、ハワイへ行くのにスーツケー


スやら、昔の水着だとかなんとか引っ張り出して…その上に今はお土産が


散らかっている」


「一度は片付いたという事ですよね」


「ええ、きれいに片付きましたよ。それがね、片付け始めると面白くなっ


て、ジグソーパズルみたいにこのすき間にはこれって、空いてるスペース


にきっちり詰め込んだのよ。それで、きれいに片付いた、やったーと喜ん


だけど、それも一週間ほどかな。ぎちぎちのきちきちに詰め込んだし、ど


こに何を入れたかがわからなくなって、物を探すのにまた取りださなきゃ


いけなくなって、ジグソーパズル崩壊なの」


「ジグソーパズルのように、きっちり詰め込もうとされるとそうなるかも


しれませんね」


「そうなのよ。入れる時はすっと入ったのに、一度出したら入らなくなっ


たりでね。昔の結婚指環みたいなもんよ」


「ふむ、昔の結婚指環とは、言い得て妙ですね」


「くら子さんって、やっぱりおかしな人ねえ。そんな事に感心してる場合


じゃないでしょう。問題は、リ・バ・ウ・ン・ド」


「そうでした。収納は8割くらいにしておいてください。100パーセント詰


め込むと、おっしゃるように、ジグソーパズル崩壊になります。それか


ら、しまう場所は、使う場所に近い処にまとめてしまってくださいね…最


後に、賀永さんはなんでも完璧にしようとされるようですが、完璧ではな


くほどほどにしておいてください」


「その、ほどほどが難しいのだけれど」


「それではわたしも…68センチのウエストにぴったり68センチのスカート


をはけば、寸法は合っていますが、動き易いでしょうか」


「きついわね。それに食事をしたらホックがはじけるかも」


「そういうことです。ウエストも片付けも、ある程度、ゆとりが必要なん


です」


 電話を切ったくら子に、まろみがごくろうさまでしたとお茶を持って来


た。


「ウエスト68センチって誰のことです?」


「さあ、誰でしょう」


「賀永さんのウエストはどう見ても、80センチはありますよ」


「だから68センチと言ったのよ」


「恐れ入りました」

 




★この話の中で完璧については、老前整理の鉄則の2につながります。



★書類の整理については。老前整理のナッジ 書類の整理 をご覧ください。





 







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