29 、カミングアウト


      他人に告白することが第一歩と、ADHDを告白した女性精神科医




「私、カミングアウトします」


講座のはじめの自己紹介で、宮崎なつきは宣言した。


このひとことに、なごやかな会場の空気が一変した。


中には、きれいな人だけど、この人男性なのかしら? という疑問と、この場の「カミング


アウト」という意味がわからない者はポカンとしていた。


「実は、私は精神科医なのですがADHD、いわゆる発達障害です」


 下を向いて、こぶしを握りしめていたなつきは、歯を食いしばった。


「最近は少しは知られるようになりましたがADHDといってもご存知ない方も多いでしょ


う。 Attention-deficit hyperactivity disorder、通称ADHD、日本語で注意欠如・多動


性障害という神経系の障害です。とはいっても眼には見えませんから、知らない方も多いと


思います。症状は人によっていろいろですが、わたしの問題は、片付けられないということ


なんです。ずっとこのことを隠してきました。自分がただ、だらしないだけで、性格の問題


だと思っていました。精神科医を選んだのも自分のそういうところを知りたかったからで


す。アメリカに留学して学ぶうちに障害があること、そして自分がそのADHDだとわかりま


した。障害というと誤解されそうですが、これはある分野に関して、苦手な分野があるとい


うことです。うまくできないのは片付けられないことで、精神科医としては、自分で言うの


もなんですが優秀です。仕事ができるからよけいに理解してもらえないのかもしれません。


そして、そのギャップを埋めるためにどれほどエネルギーを費やしたか」


 ふーっと一息ついてなつきは続けた。


 両親は眼科の医師なのですが、わたしがADHDだと話すと、それは子どもの病気だ。おま


えはだらしがないだけだと言われました。たぶん自分の娘が発達障害なんて認めたくないの


でしょう。そのことが原因で今では絶縁状態です。親にもわかってもらえなくて、ほとほと


疲れ果てました。そんな時にこの講座を知って、片付けられないと困っている方たちなら、


わたしの気持も少しは理解してもらえるかもしれないと思いました。わたしにとって、暮ら


しをすっきりするということは、まず、カミングアウトすることだったのです。長々としゃ


べってしまいましたが、これですっきりしました。ありがとうございました」


 会場はしんとしていた。話を聞いていた受講者が、自分もADHDではないかと考えたから


だった。

   




 くら子のADHDについての知識は、本で読んだ程度だったが、参加者の不安を解消しなけ


ればと思った。


「なつきさん、ADHDについてもう少し質問してもよろしいですか」


 興奮で頬を紅潮させたなつきはうなずいた。


「ADHDというのはどういう症状でしょうか」


「原因はまだはっきり分かっていませんが、神経発達障害の1つで、集中力がなかったり、


物忘れが激しかったりします。他には衝動的な場合や多動もあり個人差があります。といっ


ても何もできない訳ではなく、仕事はできても家事ができないとか、ある事はちゃんとでき


るのに、別の事は全くできないというアンバランスが生じるのですが、これは周囲の人にと


っては理解が難しいようです。性格に問題がある訳でもありません」


「それでは、片付けられないと思っている人の多くがADHDの可能性はあるのでしょうか」


「そうとは言えません。ADHDは遺伝子の問題だといわれたりもしますし、症状が慢性的で


子どもの頃からずっとその状態が続いていることや、生活に支障が出るくらいひどいことが


あげられています。しかし、この診断は非常に難しく、素人判断は危険です。また、日本に


はADHDを診断できる専門家も少ないのです」


おそるおそる手が挙がった。


「あの、なつきさんに、わたしがADHDかどうか診察してもらえないでしょうか」


「残念ながらわたしはADHDの専門家ではありませんので、診断はできません。本も出てい


ますのでまず専門書で知識を得たうえで、ご心配であれば、診断を受けられてはいかがです


か」


「ありがとうございます。もうひとがんばりしてみます」


 鈴子が手を挙げた。


「ワイドショーで取り上げられているようなゴミ屋敷の人はADHDなのでしょうか」


 なつきは辛抱強く答えた。


「診断を受けない事には何とも言えません。わたしの個人的な意見としては…ここだけの話


ですが」


 ここだけの話がここだけにならないのが女性の世界であるが、なつきは素直にそう考えて


いた。


「粗大ゴミの中から、壊れた電気製品やガラクタを拾って来て、家の周りやご近所に迷惑に


なるほど道路にまで高々と積み上げている方々は、統合失調症や認知症の可能性があるので


はないかと思っています。何度も申しますが、これは診断を受けていただかなければわから


ないことです。ところが、こういう方たちに診断を受けていただくのは、トラックに何トン


ものガラクタを片付ける以上に大変です。ただ、ひとつはっきりしているのは、ゴミ屋敷の


主は『わくわく片付け講座』に参加されることはないと思います」


 安堵と笑いが広がった。


 鈴子が、ありがとうございますと礼を述べた。


「皆さんと共に、ADHDの『わたしなりの片づけ方』を見つけて、すっきりした暮らしをし


たいと思っておりますので、よろしくお願いします」


 なつきが頭を下げると、大きな拍手が起こった。




補足(重要)


この話を書いた2010年の頃には、ADDがあり、宮崎なつきはADDの設定でした。


これはベストセラーになったサリ・デルソン、ニキ・リンコ訳『片付けられない女たち』


2000年(WAVE出版)を参考にしていました。


この本では「片付けられない女」は多動でなく注意欠陥障害を持つ人(ADD)に重点を置か


れ以下のように書かれていたからです。




ADD:Attention Deficit Disorder


注意欠如障害…神経化学的な障害であり、心の病気ではない。行動を統御する力のうちで、


「注意力」「活動性」「衝動性」のレベルで影響が出る。


ADDとは 子どもだけのものではない


      男の子だけのものではない


      多動タイプばかりではない

 

      注意力が「欠如」しているのではない

 

      無責任だのでも、性格が悪いわけでもない


『片づけられない女たち』より




しかし2013年のDSM-5(アメリカの精神疾患の分類と診断の手引き『DSM』=アメリカの


精神保健専門家が用いる公式ガイド)でADDはADHDのカテゴリーになりました。


ADHD:Attention Deficit Hyperactivity Disorder


注意欠如・多動性障害…[注意力」「活動性」「衝動性」「多動性」に影響。


そこで今回はADHDの設定にしました。


詳しくはこちらをご覧ください。↓




発達障害について (厚生労働省のメンタルヘルスのページより)


https://www.mhlw.go.jp/kokoro/know/disease_develop.html


生まれつきの特性で、「病気」とは異なります。


発達障害はいくつかのタイプに分類されており、自閉症、アスペルガー症候群、注意欠如・


多動性障害(ADHD)、学習障害、チック障害、吃音(症)などが含まれます。


これらは、生まれつき脳の一部の機能に障害があるという点が共通しています。同じ人に、


いくつかのタイプの発達障害があることも珍しくなく、そのため、同じ障害がある人同士で


もまったく似ていないように見えることがあります。個人差がとても大きいという点が、


「発達障害」の特徴といえるかもしれません。


同ページ 発達障害のサイン・症状  


     治療について          

                     厚生省のページ紹介おわり   




  10年前と違い、最近は発達障害が取り上げられることも増えましたが、ADHDで「片付け


られない」場合もあることを知ってほしいと思いこの話書きました。


また逆に「片付けられない人」を安易に発達障害ではないかと決めつけるのも困りものだと


思います。


 本文中の宮崎なつみの両親が、「発達障害は子どものもの」だという誤解もまだあるよう


です。


 50歳で、妻に病院へ行かないと離婚すると言われ、しぶしぶ診断を受けに行った男性が


ADHDだったという例もあります。


(自分ではわからなかった)


 また発達障害で「片付け」が苦手な場合は、家族や周囲の片付けが得意な人に手伝っても


らうのも1つの方法だと思います。


 どこに何を置けばわからないならば、場所を決めて、何を入れるか、引き出しにラベルを


貼ってもらえば、混乱を回避することができるかもしれません。


「片づかない」理由は人により違いますが、発達障害などの理由で「片付け」が苦手な人が


いることも理解してもらえればと思って書きました。


 





この話をアップするかどうか、最後まで悩んだので29になりました。


結論として、今だからこそ必要かと思いました。




 









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