4  ケアマネさんは近頃べっぴん!  


「わくわく片付け講座」では人生を考え、自分の顔も考えます

 



長い電話だった。「わくわく片付け講座」のチラシを見ての問い合わせで、整理や収納のノ


ウハウを知りたいのに、どうしてメイクや似合う色の講座があるのか? だった。


電話を切ったまろみは、参加すればわかるのにと、ごきげんななめだ。


「まろみちゃん、そんなにカリカリしないで、納得しないと前に進めない人もいるのよ。だ

けど、そういう人は本気でやれば、びっくりするほど変わるわよ」

くら子の言葉にまろみは素直にうなずけない。

「そんなもんですかねえ、クレーマーにならなきゃあいいんですけど」

「興味がなければ問い合わせては来ないわよ」

「わくわく片付け講座」では、まずどういう自分になりたいのかを考えてもらう。そして、

なりたい自分になるメイクを試みる。これは、若い女性の化粧とは違う。なりたい自分にな

るためのコミットメントなのである。

 男性は化粧をする女性の気持ちを理解するのは難しいかもしれない。また、化粧をすると

気分が変わるということも理解しがたいかもしれない。

 ある脳科学者によると、女性が鏡に向かう時には脳が喜んでいるそうである。化粧をする

ことは、自分の脳に化粧をすることであり、鏡を見て自分自身を認識することにつながる。

 だから、化粧はどう生きるかという問題につながり、鏡を見ることでドーパミンを放出

し、新しい自分を発見できる。

 テクニックの問題でいえば、眉の形やアイメイクによって女性の顔は変わる。若々しく優

しいイメージとか、落ち着いて信頼できるイメージとか様々である。そこで、なりたい自分

の顔をつくるのである。毎日鏡を見てそのことを確認し、意識する。化粧という手段を使っ

て、新しい自分を形成しようという試みである。

(現在では高齢者施設でもメイク講座が増えているようである)

 「わくわく片付け講座」はこのような理由から、メイクの講座を行っている。

 次の段階で、自分の暮らしを考える。一番大切なものは何か、これからどういう暮らしを

したいのか。ここで、いかに多くのものをしまいこんでいるのか、本当に必要なものは何か

を絞り込んでいく。特に、多くの人はたくさんの洋服を抱え込んでいる。

 そこで、処分をする基準を決めるが、その時に、似合う色の診断が役に

立つのである。 どういう自分になりたいかによって着る服の色も変わる。また、似合わな

いとわかった洋服なら、いくらか処分もしやすいであ

ろう。そして今後の洋服の購入にも役に立つ。こうして、順を追いながら、自分の人生を見

つめ、不用なものを処分していくのである。
 
 そして、ものを捨てることによって、身辺が片付いていくと気分も変わる。一番大切なの

は、この精神的な部分だと、くら子は考えている。

 まろみから、クレーマーと危ぶまれた淀川清香は、メイクの講座で、きりっとして、やさ

しいイメージを希望した。

「実はお化粧したことがないんです」と清美は恥ずかしそうに言った。

「いまどき、珍しい方ですね」

「学生時代はずっとソフトボール一色で、就職したのが老人ホームでしたから化粧なんかし

てられませんでした。20年勤めたんですけど、腰を痛めて続けられなくなりました。2年前

から、在宅のケアマネをしています…ほんとはお化粧をするのがこわかったんです」

 実は、と清香は話し始めた。

 社会人になってすぐ、学生時代に憧れていた先輩Mから映画に誘われた。有頂天になり、

デパートへ行き、洋服と山ほどの化粧品を買った。化粧らしいことをするのは初めてで、眼

の周りはまっくろ、おしろいも塗りたくった割にはまだらな状態で、口は真っ赤だった。し

かし、自分ではうまくいったと思っていた。

 当日、Mは清香の顔を見るなり、なんだその顔は、ばけものじゃないかと笑った。

 Mを突き飛ばして清香は泣きながら駅まで走った。トイレに駆け込み、日が暮れるまで便

座の上に座って、二度と化粧はしないと誓った。もちろん、それ以来、Mには会っていな

い。清美にとって化粧をすることはトラウマになっていた。

 講座の初めにまろみは、デジカメで、一人ひとりの写真を撮った。

 スキンケアの話の後、肌の色に合わせてファンデーションを塗った。清香の顔は、ぼさぼ

さの眉を整え、頬紅をさし、薄く口紅を塗ると顔色が良くなり、すっきりして明るくなっ

た。

「もう一枚撮りますよ。はい、チーズ」とまろみはシャッターを押した。

「変るもんですねえ」と清香はデジカメの画像を覗き込んでつぶやいた。

これは、いわゆるビフォー、アフターである。変化を目に見える形にすれば、納得できる。

 このサービスは清香だけでなく、受講者全員の化粧前後の写真を撮り、次回の講座で渡す

ことになっている。

「本当は、訪問先のおばあちゃんによく言われるんです。お化粧ぐらいしたらって。だけど

今さら人に相談するのも照れくさいし、ネットでは何を買えばよいかわからない。デパート

の化粧品売り場に行ったら、また山ほど化粧品を買わされそうだし…自意識過剰なのでしょ

うか」

 ケアマネージャーの淀川清香は変わった。利用者の訪問で自転車で回るのに、日焼け止め

を塗るようになった。そして、薄く口紅を塗り、それまで着ていたグレイや茶色の洋服を明

るい色のTシャツやブラウスに変えた。

 驚いたのは、訪問先の高齢者が皆、「きれいになった」とか、「急にべっぴんになったけ

どいい人ができたのか」と、すぐに反応があったからだ。

 高齢者は見ていないようで、ちゃんと見ている。つまり、見られているということ。それ

に、清香が変わったことで、おじいちゃん、おばあちゃんも変わったような気がする。思い

すごしだろうか?そんなことを思いながら、清香はメールを書いた。

くら子さま、まろみさま

「わくわく片付け講座」が終わってはや二月、その節はお世話になりました。ようやく、落

ち着いたので、お礼のメールを書こうと思いました。

 おかしなもので、いやだったメイクの講座が、私には一番役に立ったような気がします。

 当時の私は、仕事が忙しく、家に帰ったら疲れ果てて食事はコンビニのお弁当、当然、部

屋は片付かなくて、そのことにまたイライラしていました。そこで手っ取り早く、整理整頓

のノウハウを知りたいと思っていたのですが、講座を受けて、整理できていないのは、自分

の気持ちだとわかりました。

 高齢者相手の仕事ですから、悲惨な現実も見ていますので、ひとり暮らしの自分の老後は

どうなるのだろうか、という不安が根底にあったのだと思います。

 ひとり暮らしの現実は変わりませんが、整理をして自分の部屋がすっきりすると、もやも

やがなくなって、覚悟ができたような気がします。

 講座を終えて、ようやくメイクやカラーの意味がわかり、なぜ"わくわく"という言葉がつ

いているのか、わかりました。

 新しいドラマが始まる時には、わくわくします。そのことだったんですね。ありがとうご

ざいました。                                              淀川清香
 
 このメールを読んで、まろみも「わくわく」の意味が本当に分かったような気がした。

  





 








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