bT 思い出はアルバムの中に


老人ホームに入居、荷物を減らして思い出を整理する方法は?

 


 

「わくわく片付け講座」では、毎回感想を記入してもらう。


片山サヲは最終回の感想をこのように綴った。


 この講座のお陰で、決心がつきました。半月後に有料老人ホームに入居します。夫が十年


前に亡くなり、それ以来ひとり暮らしをしてきました。


 自分ではしっかりしているつもりでしたが、最近二度ほど鍋を焦がしました。台所から煙


が出ているのを見て、お隣の奥さんが気付いてくださり、火事にはなりませんでしたが情け


なくなりました。


 まだまだ老いてはいないと思っていましたが、年をとるとはこういうことなのだと思いま


した。


 息子は同居しようと言ってくれますが、知らない土地へ行って、嫁や孫に気を使って暮ら


すのはごめんです。


 ホームに入るにあたり、思い出の詰まった荷物をどうするかで悩んでおりました。


 息子や嫁に片付けを頼む気にもなりませんし、また、このまま放っておく訳にもいきませ


ん。この講座を受講して、気持ちの整理もつきましたし、荷物の整理も手伝っていただける


ということですので、アドバイスと共に整理をお願い致します。            


                                                                                               片山サヲ


 荷物を片付ける日の、片山サヲのいでたちは、真っ白な割烹着に手ぬぐいの姉さんかぶり


だった。手伝いのスタッフは、くら子とまろみに荷物運びの男子学生三人、荷物整理の女性


一人、カメラマンの北河。


 業者は古書店「ぽんぽん堂」の恵比寿、リサイクルショップ「ひきとりや」の小渕、骨董


商「鶴亀」の榎阪の三人。


 サヲの話では、有料老人ホームといっても、持って行けるのはせいぜいタンス一棹(さお)


とテレビに小ぶりなテーブルとイス、衣類の収納ケースに寝具くらい。思い出の品も持って


行けるのはわずかなものだけであろう。


 北河が脚立に乗って屋敷の外観の写真を撮り始めた。


 孫が生まれた記念に夫婦で植えたという、しだれ桜の花が主の旅立ちを祝って枝を広げて


いた。


 片付けは夫の書斎から始まった。古書店主の恵比寿の指示で大柄な若い男たちが本を入れ


る木箱を運びこんでいく。ジャージー姿の学生は恵比寿の柔道部の後輩で、3人が書斎に入る


と急に部屋が狭くなったように見えたが、慣れているのか動きに無駄がなく本棚からあふれ


床に積まれた本を木箱に詰めていく。


 本の整理は重労働で、75歳の女性には手に余る仕事である。その間に納戸で、くら子とま


ろみ、荷物整理の女性がサヲの指示により段ボールにさまざまなものを詰めていく。


 北河はサヲの思い出の品の写真を撮り始めた。


 納戸の次は応接間、居間、台所、寝室と移っていく。ソファーやサイドボードなど、大き


な家具をトラックへと学生たちが運んでいく。この時に、ごみとして処分するもの、リサイ


クルとして引き取ってもらうものを分けて運び出す。


 床の間のある8畳の和室では、白い手袋をはめた「鶴亀」の榎阪が茶道具や掛け軸など、箱


に入った道具類の確認に余念がない。


 3時になると、サヲが一休みしてくださいなと声をかけ、桜茶と草もちが配られた。


 縁側に腰掛けている学生の一人は、首に巻いたタオルで汗をぬぐいながら草もちにかぶり


ついた。あわてたのか喉をつまらせ、湯呑の茶を飲んでまたむせて、照れくさそうに聞い


た。


「このお茶、なんか浮いているんですが」


「三国、おまえ、桜茶も知らんのか、なげかわしい。これは桜の花びらでな、祝い事のあっ


た時にいただく、ありがたいお茶だ。わかったか」


 近頃の若いもんはとぼやく恵比寿に、サヲは笑顔を返した。


「毎年、この桜の花びらを塩漬けにしておいて、うれしいことがあった時に桜茶をいただく


んですよ。今の若い人はご存じないわよね。今日はわたしにとって旅立ちの日なのですよ」


 こうして庭の桜に目をやりながらサヲは桜の思い出を語った。


 文学部の教員だった夫は、自分が死んだらその灰を少し桜の下にまいて欲しいと言い残


し、サヲはその約束を守った。


「ねがわくば 花の下にて春死なむ」と榎坂がつぶやくと、「その望月(もちづき)のきさ


らぎの頃」とサヲが空を見上げて続けた。


 縁側で黙って話を聞いていた北河がカメラのファインダーをのぞきこんだ。


「僕は仕事柄あちこちの桜を撮りますが、このしだれ桜の色は不思議なピンク色ですね」


「そうなのです、もとは白っぽい花だったのですが、夫の灰をまいてから、きれいなピンク


色になったのです。こんなことってあるのでしょうか」


 恵比寿も雑学を披露した。


「アジサイは土が酸性かアルカリ性かによって花の色が変わるといいますが、桜も…」


遮るようにまろみが口をはさんだ。


「きっとご主人が奥さまに素敵なピンク色をプレゼントなさったんですよ」

 

 桜がこの先どうなるかと尋ねる者はなかった。


 突然、北河が立ち上がった。


「サヲさん、桜をバックに写真を撮りましょう」


「え、こんなかっこうでは」


「一番お好きなお召し物に着替えてください」 


はらはらと散る桜の花びらの下、銀鼠地に桜の描かれた着物を着てサヲは微笑んだ。   


 日が暮れ、最後まで残っていたくら子とまろみにサヲが、座りなおして、頭を下げた。


「本当に何から何までお世話になり、ありがとうございました。こんなに広い家だったので


すねえ。50年の間にせっせとものをため込んで…お墓に持って行けるわけでもないのに」


 くら子はゆっくりとうなずいた。


「おかげですっきりしましたよ。わたし一人ではとてもこんな大仕事はできませんからね。


ホームに入ったら陶芸クラブに入って、昔からやりたかった焼き物をしたいと思っているん


です。骨壷でも作ろうかしら、ホホ」


 二週間後、北河が撮影した家や思い出の品の写真をアルバムにして、くら子とまろみはホ


ームのサヲを訪ねた。


 写真を見ながら、サヲは初めて涙を流した。


「私が死んだらこのアルバムを棺に入れてもらいます。葬儀の遺影は、北河さんに撮っても


らった写真にします。忘れないうちにエンディングノートに書いておかなくては。でも、ま


だ10年や20年は大丈夫みたいです。上げ膳据え膳で食事をさせてもらうって、こんなに良い


ものだとは知らなかったわ。それに陶芸の先生が素敵な人でね、クラーク・ゲーブルに似て


いるのよ」


 サヲに別れを告げた帰り道にまろみがしんみりと言った。


「遺影やエンディングノートの話。サヲさんの終活ですね」


「いいじゃない、備えあれば憂いなし。ご本人もおっしゃってたように、あと20年はお元気


そうよ。それにクラーク・ゲーブルもいるらしいし」


「その人誰ですか」


「まろみちゃんは映画の『風と共に去りぬ』を知らないのね。あっ、そうか。サヲさんはス


カーレット・オハラの心境かも? 『明日は明日の風が吹く』なのね」


「くら子さんは最近、ひとりごとが増えましたね」

 




 









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