22 、終活セミナーと老前整理

     超高齢社会になり、考えなくてはいけないこと

  



「まろみちゃん、お多福屋の豆大福を買ってきたよ」


包みをぶらぶらさせながら、くら子が笑顔で外出先から戻ってきた。


「おかえりなさい。今日は豆大福デーですね」


えっ、とくら子の足が止まった。


「ひかるさんが妹さんと一緒に来られて、お土産に豆大福をいただきまし


た」


「あら、まあ!」


 パーテーションで区切った応接コーナーにも聞こえたとみえ、クククと


忍び笑いが聞こえた。


 ひかるの妹、九条綾乃は夫と九条葬儀社を営んでいる。夫婦に社員3人


と、パートの女性7人という規模である。大手の業者は立派な会館を建て、


病院ともがっちり手を組んでいる。綾乃と夫は大手に太刀打ちできないの


で、家族葬を中心に「まごころ葬儀」をうたっている。一度葬儀を行って


くださった方からは感謝されているが、職業上なかなか営業ができない。


そこでPRを兼ねて、公民館を借り終活セミナーを行っている。


 セミナーに参加するのは元気な高齢者と、葬儀に不安をもっている高齢


者の家族である。 葬儀について日頃なかなか聞けない事や実情を知って


もらうためである。また供養にもいろいろあり、墓の事や散骨などについ


ても実例が紹介される。


このセミナーでは葬儀や墓で終わらず、老い支度の準備についての講義も


含まれる。


 遺産相続について、一昔前なら遺言書は財産のある金持ちが作るものだ


という意識が強かったが現代ではそうはいかない。特にひとり暮らしの者


にとっては重要なことである。うちはお金がないからという人も多いが、


お金は無くても家はあるという高齢者も多い。他にも不治の病にかかった


時の告知はどうするのか。一人で暮らせなくなった場合の選択は? 病院


で病が重篤になった時の延命治療を希望するかどうか。また今一番問題に


なっているのは認知症で判断力が衰えてしまうことである。衰えてしまっ


てからでは遅いので、このあたりも法律の専門家から後見人制度について


の紹介がされる。


 くら子への依頼はそこで老前整理の話をして欲しいということだった。


 最近ではひとり住まいの高齢者が亡くなると親族が遺品整理を頼むこと


が増えている。


家族にしてみれば遺品整理を頼むよりは、それまでに財産分与も兼ねて老


前整理をして欲しいというのが人情であろう。


 江坂康子のように家族の遺品整理をした経験から、自分自身が老前整理


をしておこうと考える人も増えている。


(16 叔母の遺品整理で人生の転機が! )


 綾乃の説明では話をするのは3月に1度ということだった。


 3カ月に1度なら何とかなるだろうと、くら子は承諾した。

 




 2人が帰った後、くら子は豆大福を頬ばりながらノートにペンを走らせて


いた。


「くら子さん、もう3つ目ですよ」


「お煎茶ちょうだい。思いっきり濃いのがいいわ」


  くら子は書類を読みながら、空の湯呑みを突き出した。


「夜、眠れなくなりますよ」


 次の日、くら子はまろみにこれを読んでと企画書の束を渡した。


「夕べこれだけ書いたんですかぁ〜」


「そう、おかげで豆大福がなくなってしまった」


「え〜っ、全部食べちゃったのですか」


 まろみは頬をふくらませ抗議のアピールをして脅した。


「知りませんよ。この前買ったブルーのスーツが着られなくなっても」


ダイエットしますと小声で答えて、くら子は立ち上がり大きな伸びをし


た。


 まろみは書類に目を通して顔をあげた。


「ほんとうにこれを1晩で書いたんですか? 恐るべし、豆大福」


 2ヶ月後、九条葬儀社の「終活セミナー」でくら子が「老前整理」の話を


した。


定員30名に38名の応募があったそうだ。当日3名のキャンセルがあり、参


加者は35人で3分の2は60歳以上でこれは予想通りである。


 くら子が驚いたのは、20代、30代の参加者もいたことだ。男女比は女性


が多く、男性が2割くらいだろうか。


 講座の持ち時間は2時間だが、1時間半は整理の仕方、考え方、処分の方


法などを話し、残りの30分は質問の時間にして本の処分や、アルバムの管


理法などの質問に答えた。


 たまたま先週の夜のテレビで「遺品整理屋」を主人公にしたドラマを放


映したので、聞き慣れない「老前整理」も受け入れてもらいやすかったよ


うだ。


セミナーの翌日、九条綾乃が事務所を訪れた。


「くら子さん、昨日はありがとうございました。お陰さまでアンケートの結


果も好評でした。次回もよろしくお願いいたします」


 綾乃が豆大福を置いて帰ったので、くら子は上機嫌だった。

 




「まろみちゃん、今回のことで終活のセミナーにも老前整理が必要な事を


確信したわ。実はS市で終活セミナーをするのに、老前整理の話をして欲し


いという依頼が来ているの」


「どうしてS市がそんなことするのですか」


「以前S市で『覚書帳…老いに備える』つまり簡単なエンディングノートを


作って配ったら反響が大きかったらしいわ」


 『覚書帳…老いに備える』では基本情報として、緊急連絡先、いざとい


う時の意思表示(病名の告知、延命治療について、介護場所、介護費用、


いざという時頼りたい人、葬儀の希望、財産について、訃報を知らせてほ


しい人)などを書き込むようになっている。


 ひとり暮らしの高齢者が増えた今、離れて暮らす家族にとっても本人の


意思を知ることは重要である。またきちんと本人の意思表示があれば、行


政も何かあった時に親族への連絡その他の対処がしやすいということらし


い。


 くら子が本棚から小冊子を出してまろみに渡した。


「『覚書帳−老いに備えて』ですか。エンディングノートよりネーミング


がいいですね」


「そりゃそうよ。わたしが考えたのだから」


 まろみの手が止まり、冗談でしょという顔をした。


「ほんと。S市の市役所に知り合いがいてね。相談に乗って欲しいって言


うから…」最後はしどろもどろになった。


「また、ボランティアですね」


 感情がすぐ顔に出るまろみの太い眉がつり上がった。


「そんな事してるから、K社はNPOではありませんよと税理士の田内先生


に叱られるんですよ」


「はい、ごめんなさい」くら子はぺこりと頭を下げた。


 本当は反省なんかしてないくせにと独り言をいいながら、まろみは郵便


物の開封を始めた。


 くら子がパソコンに向かっていると、まろみが横に立った。


「さっきは言いすぎました。ごめんなさい」


「なにを?」


「S市のこと」


「ああ、ひとりぐらいK社の経済状態を真剣に考えてくれる人がいないと


ね」


「違うんです」


「郵便物の整理をしていたら、S市の講座依頼の書類を送ってきたのです


が」


 立ってないで座ったらと、くら子が椅子をすすめた。


「中に担当の今里さんという方からのくら子さんあてのお手紙が入ってま


した」


「熱烈なラブレターだったとか…」


 まろみはぷっと吹き出し、そんな訳ないでしょと切り返した。


やっぱり、それでとくら子は椅子を回してまろみのほうを向いた。


「S市の話を聞いて、M市も同じ講座を開きたいのでくら子さんに相談した


いから、今里さんが紹介がてらM市の人と一緒に事務所に伺いますとのこと


です」


手紙を受け取って目を通しているくら子にまるみは話しかけた。


「こうやって仕事が広がっていくんですね。わたしったら目先の損得のこ


としか考えてなくて…勉強になりました。なんだかK社の仕事はくら子さん


の企画書通りに進んでますね。もしかして超能力なんかあったりして…」


「あったら、こんなにバタバタと仕事をしてないわよ」


「それもそうです」まろみは素直に納得した。


「S市やM市以外にも依頼が増えたら忙しくなりますね。『わくわく片付け


講座』も月に1回だし、準備で目が回りそうです」


「まろみちゃんも、もっと豆大福を食べたほうがいいわよ」


 





老前整理の延長線上に終活があるのではないかと思っていますし、実際


エンディングセミナーで老前整理の話をしたことあります。





 







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