25  、もったいない倶楽部    


 ものの使い方が「これでいいのか」という疑問から動き出した女性たち




「まろみちゃん、明日からの『わくわく片付け講座』の資料は用意できた?」


「はい、大丈夫です。今回の参加者にもなかなかユニークな人がおられるようです」


まろみがにやりとした。


「なによ、その笑いは、気持ち悪いわねえ」


くら子はぶるぶるっと肩をすくめ、いやな予感がするとつぶやいた。


「くら子さんはお掃除ロボットを見たことあります?」


「ないけど、それがどうかしたの」


「お掃除ロボットを使いたいから、講座に参加される方があります。さて、なぜでしょう」


ウウムとうなり、くら子は口をつぐんだ。


「ヒント、お掃除ロボットは、お掃除はしてくれますが、片付けはしてくれません」


わかったとくら子は手を打った。


「お掃除するには床にものがあるとダメなのよ」


「ピンポ〜ン。この方はお掃除が大嫌いだそうです。そこで、お掃除ロボットを買ったので


すが動けないそうです」


「なるほど、お掃除ロボットにお片付けサービスをつけたら売れるかもね」


「さすが経営者。言うことが違いますね。しかし、このロボットすごいみたいですよ。


留守の間にお掃除して、ひとりで充電してしまうらしいですから」


「うちにも欲しくなるわね。講座でお掃除ロボットを売りたいと言われると困るけど、そう


でなければ問題ないし…他には?」


「もう一人面白い人がいます。『これでいいのか委員会』を作りたいそうです」


「えっ、何の委員会?」


「それがよくわからないんです」


「よくわからないって?」


まろみは申込書を確認した。


「これでいいのか委員会を作りたいので、としか書いてありません」


「何がこれでいいのかが問題のようね」


「明日が楽しみですね」


まろみのうれしそうな顔に、くら子はためいきをついた。

  




 翌日「わくわく片付け講座」は、くら子のあいさつの後、参加者の自己紹介になった。


 お掃除ロボットを使いたいという主婦の話に、興味を持った者が少なくなかった。


そして、どこに行けば売っているのか、いくらかという質問まで飛び出した。


 部屋の隅でロボットの話を聞きながら、くら子とまろみはやっぱりねと顔を見合わせた。


 ロボットで盛り上がったところで、なごやかに三人の自己紹介が終わり、おもむろに立ち


上がったのが権藤鈴子だった。


「権藤鈴子です。友人からはリンちゃんと呼ばれています。ですから、皆さんもリンちゃん


と呼んでください」


 まろみが肘でくら子をつついて、あの人ですよ何とか委員会は、とささやいた。


「わたしは二年前まで中学で英語を教えていました。退職して、半年前にイギリスのチュー


トンへ旅をし、念願だった『ジェーン・オースティン記念館』に行きました。実は大学の卒


論のテーマがジェーン・オースティンの『エマ』だったからです。その後、ジェーンの足跡


をたどる旅で、1ヶ月ほど友人の知り合いの家にホームステイをするうちに気がつきました。


英国人の暮らしと今の日本人の暮らしの違いです。帰国して、自分がこのままでいいのかと


思うと居てもたってもいられなくなりまして、日本人への問題提起というと大げさですが、


これでいいのかと思うことをいろいろ考える研究会を作ろうと思いました。会員は今のとこ


ろわたし一人ですが、賛同してくださる方は是非会員になってください」


 ジェーンなんとかだとか、訳のわからない事を言って、あの人は勧誘のために来たのかし


らという周囲の疑惑の目に答えるように、鈴子は続けた。


「わたしがこれでいいのかと思うことの一つに、モノを持ちすぎるということがあります。


イギリス人はモノを大切にします。毎年洋服を買い替えるなどということはなく、穴の開い


たセーターでも平気です。家電製品も壊れるまで大切に使います。このようなシンプルな暮


らしをわたしもしたいと思ったのですが、悲しいかな、片付け方がわからない。そこで、こ


の講座に参加しました。よろしくお願いします。あ、研究会の名前は『これでいいのか委員


会』です。詳しいことは講座の後に、個人的にお尋ねください」


「さすがに元学校の先生、しゃべるのはお手のものだけど、委員会はいいんかい?」


おどけたまろみがくら子を見た。


 冗談言ってる場合じゃないでしょうと、くら子がじろりとにらんだので、まろみは肩をす


くめた。


「政治や宗教の勧誘とか、販売行為はお断りしているけど…とにかく後でお話しを聞きまし


ょう」

  




 講座が終わって、帰ろうとする鈴子をくら子が呼び止めた。


「あの、リンさん、少しお話したいのですが」


「はい『これでいいのか委員会』のことですね、すみません、調子に乗ってしゃべりすぎま


した。人前で話すのが久しぶりで、うれしかったものですから」


 そこに、受講者の3人が鈴子の話を聞きたいと、残った。 


 6人がテーブルを囲んで座り、鈴子が話を始めた。


「それでは『これでいいのか委員会』についてお話しします。大それたことを考えている訳


ではないんです。自己紹介でお話ししたように、英国人の暮らしぶりを見て、いろいろ考え


たもので、それを誰かに話したかったんです。だけど、同居人は猫二匹だけで話し相手もい


ないし、わたしと同じような考え方をしている方があれば、お友達になれればいいなと思っ


たんです」


 鈴子はペットボトルの水を一口飲んで、続けた。


「20代で結婚しましたが、5年たっても子供ができなくて、昔の『嫁して3、いえ、5年、子


無きは去れ』です。その後はひとりで教師をしながら生きてきました。友人もいますが、孫


のいないわたしが、他人の孫の話を聞いてもちっとも面白くない。友人の幸せがうらやまし


いとか、妬ましいのではなく、興味がないのです。嫁や、親の介護の愚痴はもっと聞きたく


ありません。ただ、自分のこれからの生き方とか、暮らしについて話し合える友人が欲しか


ったのです」


 テーブルの上に手を組んで聞いていた、間野光代がうなずいて返した。


「リンさんのお気持ち、よくわかります。わたしも、夫はいますが子供がいないので、子供


や孫の話にはうんざりしてきました。たまになら良いのですが、話題がそれしかないと話を


していてもつまらなくて。あと、タレントの話とか…それが悪いとは言いませんが、わたし


にはどうでもよいことです。それより、年金や環境の問題とか、どういう風に年を取ってい


くのかについて興味があります」


 おほんと咳払いをした後、津母川ゆめが発言した。


「ええ−、わたしは、孫の写真を携帯の待ち受け画面にしている『ババ馬鹿』ですけど」


 2つ折りの携帯電話を開いて、どうだ、とばかりに孫の写真をアピールした。


いや、あの、そんな、と恐縮して鈴子と光代が口ごもっていると、ゆめがにっこりした。


「わたしも自分の孫はかわいいけど、よその孫のことは知りませんよ。それに近頃の母親と


きたら、これも、余計なお世話ね。とにかく、わたしがこれでいいのかと思うのは、日本人


に『もったいない』という気持ちがなくなったこと。買う時はポイポイ買って、捨てるのも


ポイポイでしょ。片付けるというのは、単に捨てればいいということではないでしょう。わ


たしはこの『わくわく片付け講座』に参加しましたけど、ただ、捨てることだけを馬鹿のひ


とつ覚えのように言うのなら、文句を言うつもりですよ」


 最後はくら子へ向けての言葉だった。


 くら子が、それはと言いかけたのを室田郁子が遮った。どうやら、皆しゃべりたくてうず


うずしていたようだ。


「わたしは30代のころ、銀行勤めの夫の転勤で5間イギリスに暮らしました。当時のわたし


は、イギリス人はケチで頑固だとしか思わなかったのですが、帰国して、時がたつにつれ、


その良さがわかってきたような気がします。そういえば、一番の思い出はキューカンバサン


ドイッチでした」


 郁子は、思い出したようにフフフと笑った。


「あれはわたしも驚きました」と鈴子が相槌を打つと、ゆめがイギリス人は九官鳥を食べる


の?と、目をむいた。まろみも黙っていられず、七面鳥は知ってましたけど九官鳥まで食べ


るとは、信じられない! と言ったので、2人は爆笑した。

  




何がおかしいのですかとまろみがむっとすると、ゆめもそうですよ、失礼なと笑い転げてい


る4人をにらんだ。


 鈴子が笑いをこらえて説明した。


「キュウカンバーは、九官鳥じゃあなくて、キュウリなんです」


 キュウリ? と、ゆめとまろみは同時に言った。


「それを早く言ってくれないと、ねえ、ゆめさん」


 まろみは仲間がいることで、強気だった。


「そうですよ、でも、キュウリのサンドイッチねえ」


 郁子はイギリスでの体験を披露した。


 隣人に食事に誘われ、イギリスの家庭料理がふるまわれるのかと胸躍らせ、夫婦でドレス


アップをして、隣家のドアをノックした。そこで出て来たのは、パンにバターを塗り、きゅ


うりの薄切りをはさんだサンドイッチだけだった。


「どうしてきゅうりのサンドイッチだけなの?」ゆめが不思議そうに聞いた。


「一番のごちそうは会話で、料理は二の次なんです」


 どんどん話が横道にそれていくのを感じたくら子が発言した。


「鈴子さんのお話では、『これでいいのか委員会』は、まだ構想の段階ではないかと思いま


すが…」


 ええ、そうなんですと、鈴子が申し訳なさそうに答えた。


「そんなことないわよ。これで4人の会員ができたじゃない。活動はこれからよ」


 ゆめがバンと両手でテーブルを押さえて立ち上がった。わたしも何かしたいと思っていま


すと、郁子が立ち上がり、続いて、わたしもと光代がゆっくり立ち上がった。


 茫然としている鈴子を両脇から引っ張り上げて立たせると、ゆめが音頭をとった。


「それでは『これでいいのか委員会』発足を祝って、一本締めでお手を拝借」

  




 4人が意気揚々と帰った後、椅子を片付けながら、あれでよかったんですかねえとまろみが


くら子に聞いた。


「さあね、でも、わたしたちがあれこれ言う筋合いのことではないみたい」


 そうですねと、まろみは最後の椅子を片づけた。


 「これでいいのか委員会」は秘かに進行していたようで、2ヶ月後に4人がK社の事務所を


訪れた。


 お持たせのアップルパイにダージリンの紅茶を添えて出すと、皆、顔がほころんだ。


 年長の津母川ゆめが、姿勢を正し、話を始めた。


「本日、こちらにお伺いしたのは、ご相談がありまして」


 くら子とまろみは顔を見合わせた。


「4人でいろいろ考えた結果、わたしたちはモノを大切にしたいと思っているので、リサイク


ルをしたいんです。だから、業者の方をご紹介していただけないかと」


 リサイクルですか、と黙り込んだくら子に光代が付け加えた。


「普通のリサイクルではないんです。いらないから捨てるのではなく、使わないけれど、愛


着があって捨てられないようなものを、使ってくれる人にお渡しするのです」


 システムとしては、モノを出す方が登録料として1000円出して登録する。有効期間は1


年。受け取る方は、こういうものが欲しいという登録をしておく。こちらは無料が基本。登


録者の中でマッチングしそうなものを委員会がとりもつ。登録はインターネット上でできる


ようにし、写真も添付する。近隣を対象としているので、パソコンが使えない人のために、


光代の従妹が経営している喫茶店に掲示板と、登録アルバムを置き、そこで見てもらう。


「お話はなんとなくわかりましたけど、それだけのことを4人でされるのですか」とくら子が


聞いた。


 ゆめがあわててアップルパイを口に運び、フォークを持った手を振った。


「とんでもない、パソコンや配送の手伝いは宿六たち、いえ、今風に言えば、ぬれ落ち葉に


させるんですよ」


 ゆめさんたら口が悪いんだからと、苦笑しながら郁子が説明した。


「パソコンはうちの夫が担当します。銀行を定年退職して、今は嘱託で週3日しか働いており


ませんから、ちょうどいいんです。ゆめさんと光代さんのおつれあいも退職して家におられ


るので、配送その他を手伝ってくださるそうです。それと、うちの夫は、ゆくゆくは社団法


人にすれば良いのではないかと申しておりまして…」


社団法人!とまろみが素っ頓狂な声をあげた。


「まろみさん、時代は変わったのよ。今では、一般社団法人という形なら、株式会社と同じ


くらい簡単にできるんですって」


「理事長はわたしがなる予定です」ゆめが誇らしげに胸を張った。


「一般社団法人はさておき、もう少し詳しくお話ししないとわからないですよね」と鈴子が


あとを引き取った。


 登録して半年間、マッチングが成功しない場合は、リサイクルショップに引き取ってもら


う。その場合、リサイクルショップへの売買代金の10%を手数料として払っていただきま


す。もし、引き取れないようなものであれば、その時点で自ら処分する。このシステムであ


れば、リサイクル品を置くスペースもいらないし、登録した人間も、もらい手が半年経って


も現れず、リサイクルショップも引き取れないと分かればあきらめもつくし、処分できる。

  




『わくわく片付け講座』で、何を残し、何を処分するかを学んだが、頭ではわかっていて


も、なかなか踏ん切りがつかないことが多い。このシステムならうまくいくのではないかと4


人で考えた。


 それに余禄として、時間をもてあましている男たちは働くことに乗り気だった。定年後の


時間をどう使うか、本人たちも頭を悩ましていたからだ。囲碁、将棋といった趣味でもあれ


ば良いが、今さら一から習ってまではという気はないし、スポーツジムや図書館で時間をつ


ぶすのにも限度がある。プライドもあるし、良くも悪くも元の肩書が邪魔になる。ところ


が、妻の頼みで仕方なく手伝ってやるという形にすれば、男の面目もたつし、内心は必要と


されていることに新たな生きがいを感じている。


例え、妻たちが後ろで、しめしめとほくそ笑んでいたとしてもである。


「正直なところ、そこまでお話が進んでいるとは思いませんでした」


 くら子の言葉に、まろみもうなずいた。


「なんだか、とんとん拍子に話が進んで、こうなったんです」


 光代がうれしそうに付け加えた。


「そこで、くら子さんにリサイクルショップを紹介してほしいのです。わたしたちのしよう


としていることは、古物商のような免許がいるのかどうかとか、仕組みについても教えてい


ただける方でないと。こういうことをするのは、まったくの初めてなので、まずはリサイク


ルショップで修行をしたいのです」


「わかりました。引き受けてもらえるかどうかはお約束はできませんが、一度リサイクルシ


ョップの『ひきとり屋』さんに話をしてみます」


 ありがとうございます。よろしくお願いしますと頭を下げて、4人は賑やかに帰って行っ


た。


「なんだか嵐が来て、まわりのものを吹き飛ばして、過ぎ去ったみたいな気分」まろみがぼ


そりと言った。


「ほんと、あのエネルギーはどこから来るのかしら」


「そりゃあ、自家発電ですよ」


 半年後、くら子さん載ってますよと、まろみが地域のミニコミ誌を広げた。


 見出しは、「もったいない倶楽部」活動開始!


 アンティークの応接セットに座った4人の写真が紙面を飾っていた。


「本気だったんですね。あっ、4人は『わくわく片付け講座』で知り合って、意気投合し、こ


の事業を始めたと書いてありますよ」とまろみが興奮した。


「それはありがたいことです」


「リンさんの『これでいいのか委員会』から始まったんですよね」


「そう、リンさんが自己紹介の時に、この話をしなかったら『もったいない倶楽部』もなか


ったでしょうね」 


「これは偶然ではなく、必然ですか」


「さあ、どうでしょう。でも、出会いのきっかけの場になったことは、うれしいわね」


「出会いの場、ですか」


 まろみの頭の中には、出会いの場といえば合コンしかなかった。


くら子にはまろみの考えていることがわかった。


「男と女の出会いがすべてじゃないわよ。共感できる人との出会いも大切なことだと思う。


特に今のような世の中では」


「はあ、それもいいですけど、わたしはまず、合コンで素敵な人とめぐり会いたいです」


「そういえば、昔の映画で『めぐり逢い』というのがあったわ。デボラ・カーとケーリー・


グラントの主演でよかったのよ」


「どうせなら、映画館で素敵な人とロマンティックな映画を見たいですよ」


「それもそうね、がんばってちょうだい」


「本気で言ってないでしょう」


「わかった?」


 まろみも思わず吹き出して、事務所に笑いが広がった。


  





この話の元のタイトルは、「これでいいのか委員会」でした。


お掃除ロボットも今では一般的ですが、当時はまだ珍しい時代でした。


リサイクルも今なら、こんな面倒なことを考えずメルカリやヤフオクでいいやと思っていた


かもしれません。しかしよく考えると、世の中はネットでものを売買できる人ばかりではな


いので、この話も残しておこうと思いました。




 







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