20 、サポーター殺人事件(1)


 片付けサポーター講座を開講すると、スパイに保険金殺人と…

   


 
 まろみは案内を送ってから一週間で届いた申込書をまとめて、くら子に渡した。

 カリキュラムの変更に伴いサポーター講座を新設したが、応募があるだろうかと危ぶんで

いた2人の不安は解消した。

「こんなに反響があるとは思いませんでした」とまろみは踊り出しそうである。新しいカリ

キュラムでは、講座が2段階になっている。知識と考え方を中心とした3時間の「基礎講

座」。やり方さえ分かれば、あとは自分ですいすいできる! という人はここで卒業。

 整理のやり方はわかったけど、さて行動に移すのは腰が重い、何から手をつければいいの

か、あと一歩が踏み出せない人のためには1日のワークショップ。ここでは1人ひとりが実習

をしながら、なぜ行動に移せないのか自分に合った片付け方を考えてもらう。

 サポーター講座は「わくわく片付け講座」のワークショップ卒業生対象で、片付けたいけ

ど片付けられない人のサポートをするための講座である。

 一口にものが多いと言っても、抱えている状況や本人の性格により違う。K社ではサポータ

ー講座開催に当たり、ものが多いケースを大きく3つに分けている。

1、ものが多いけれど、日常生活で大きな支障(ものが散乱して寝る場所もないとか)がない

  場合。

2、体調不良や認知症に精神疾患、買物依存症などで、からだや心のバランスが崩れている

  場合。

3、家や庭がものであふれているもかかわらず、粗大ごみを拾って来たり、日常生活に支障  
  が出ているにも関わらず、本人もしくは家族が片付けたいと思っておらす、ご近所から

  苦情の出ているレベル。(いわゆるゴミ屋敷)

 サポーターはこの中で1の人、かつ片付けたいという意思のある人を対象にする。片付け

たくない人に善意の押し売りはしないことも忘れてはならない。

 2や3は医療の専門家のサポートが必要で、素人が下手に手を出すとトラブルが起こる可

能性があるので、自分の力を過信しないように注意を促している。

 サポーターをワークショップ卒業生としているのは、自分が抱えていた問題を解決した人

にこそ、その経験を伝えて欲しいと思うからである。仕事の場として基本はシルバー人材セ

ンターに登録して活動するので、収入としては多くないことを承知の上でのサポーター活動

である。





 思いがけない反響でまろみの弾んだ声に、そうねとハガキの名前と受講動機を見ながらく

ら子は「わくわく片付け講座」の卒業生の顔を思い浮かべた。

 一番多かったのは、不要なものを片付けてどれだけすっきりしたか、暮らしが変わった

か、自分の経験を人に伝えたいというもの。またこれはゴミ屋敷の問題と共に、いずれ社会

問題になるから、少しでも世の中に貢献したいという視点もあれば、単純に「サポート」と

いう立場に魅力を感じた人もいた。

 くら子は以前からこの企画を考えていたが、なかなか実行できなかった。

そこへ現在は撫子ホームを経営しているさくら(10、撫子ホームをつくります!登場)か

らメールで「さっさとやりなさい」と檄が飛んだ。

 こうしてさくらに後押しされる形でサポーター講座を開講した。

さくら曰く、2人がいくら「わくわく片づけ講座」で頑張っても、砂漠に500ミリのペットボ

トルで水をまくようなものよ。それより500ミリでいいから、まく人を増やしなさいと言わ

れた。確かにそうだ、くら子も頭ではわかっていたものの行動に移せないでいた。

 2人が驚いたのは、今回の講座で男性が3分の1を占めたことだった。

今までの講座でこんなことはなかった。カリキュラムの変更で似合う色のパーソナルカラー

やメイクがオプション講座になったことと、最近問題になっているゴミ屋敷や、テレビで取

り上げられた無縁死の問題が男たちの重い腰を上げさせたらしい。

 サポーター講座で学び、ものを減らすことや自らの体験を伝え、社会に貢献するというこ

とも動機になったのかもしれない。定年で仕事を離れた男たちが突然地域のコミュニティに

飛び込んだり、ボランティアをするというのはハードルが高い。かといって行く所もなく家

にいるとぬれ落ち葉といわれ、妻と共に出かけようとすると友達と遊びに行くからついてく

るなと邪険にされる。

しかし片付けのサポーターになればやりがいがあり、生きがいになり、会社という組織で肩

書と共に働いてきた男たちの自尊心をくすぐるのだろう。サポーターと言っても、収入はわ

ずかなものだが、人の役に立つというのがエネルギーになるのかもしれない。

 男性のサポーターが増えて、男たちのネットワークが広がればゴミ屋敷の予防にもなるか

もしれない。さくらはこのことも見通していたのだろうかと思いながらくら子はぼんやり窓

に目をやった。




 リサイクルショップ「ひきとりや」の健さんこと小渕賢治がビルの前にいる。

(bU、片付かないから離婚 登場)

窓を開けてくら子は、健さんうちにご用ですかと声をかけた。

 小渕は手土産の豆大福をまろみに渡した。

「近くに用があったものだから…」

 あい変わらず、高倉健を崇拝している通称健さんは言葉も少ない。最近のリサイクル事情

を聞こうと思ったくら子に、小渕は実は困ったことがあってと首に手をやった。

 82歳の男性が、3年前に手放した車箪笥(くるまだんす)や茶棚を返せというのである。

骨董品として価値があるというほどのものでもなかったので、わずかな値段しかつかなかっ

た。むしろ小渕はゴミで出せばお金を取られるのだから、わずかでも金が入れば恩の字で人

助けだと思っていた。

「どうやら、ボケがはじまったみたいなんだ。うちが勝手に持って行ったと近所で吹聴して

るらしい」

「もちろん、そのたんすはもうないのでしょう?」

小渕は頷いた。

「ご家族は?」

「八王子に息子がいるらしいけど、ほとんど寄りつかないみたいで、ひとり暮らし」

「難しいケースですね」

 重苦しい空気を破って、まろみがお茶を運んできた。

「お持たせの豆大福でーす」

まろみも座って豆大福を頬張りながら、聞いた。

「おじいさんにお友達とか、親しい人はいないのですか」

「それがねえ、昔は市議会の議長だったそうで人に頭を下げたりできない人だから…」

小渕の答えに2人は納得した。自分の役職や仕事に対しての敬意を勘違いして、己が偉いと思

い込んでしまう。またせっかくの人の厚意を素直に受け取れず、孤立して意固地になってい

く。このタイプは男性に多く小渕の口はますます重くなった。

「どうやら、河原でモノを拾って来てるみたいなんだ」

キャー、ゴミ屋敷! とまろみが素っ頓狂な声をあげた。

これこれと、くら子はまろみをたしなめた。

「それで、家の中はどうなってるのですか」

「誰も家に入れないから、よくわからないけれど、たぶん…」

「それで、そのおじいさんは、誰に健さんが箪笥を盗ったと言ってるのですか」

「近所の交番のおまわりさん」

「Oh, No!」とまろみは肩をすくめた。

「それで、健さんは警察から事情聴取ですか?」

「まあ、向こうも承知してるみたいで、確認の電話で済んだけど」




 小渕の話によると、今までにも店に品物を持って来た時はいくらでも引き取ってもらえれ

ばありがたいと言ってたくせに、後からあれはもっと価値ある品だったから返してくれと言

う人はいた。しかし今回は話が違う。

それに小渕は「ひきとりや」が中傷されることより、その老爺のことを案じている。かとい

って余計なおせっかいはしたくない。

くら子は妥当な線を提案した。

「町内会の会長さんとか、民生委員の方とかそういう方からご家族に連絡してもらうとか」

小渕がその手はもう試したと首を振った。

くら子はこれもダメかとひとりごちた。

「くら子さん難しい顔をしてないで、健さんの豆大福をいただいたらどうですか」

まろみは2つ目にかぶりついている。

そうねえと苦笑しながら、くら子は菓子鉢の豆大福を手にした。

 小渕はがぶりと茶を飲んだ。くら子の顔が突然輝いた。

「確か、精神科医でゴミ屋敷のサポートをしている先生がおられたはず」

小渕は本当かという顔でくら子を見た。

 資料を手に、くら子が応接コーナーに戻ると小渕が豆大福を食べていた。

「まあ、健さんは甘いものが嫌いじゃなかったのですか」

驚くくら子に、健さんも豆大福の威力に気がついたそうですと、まろみがうれしそうに3つ目

にかぶりついた。 

 小渕がくら子が紹介した精神科医に相談してみるということで、話は終わった。

「健さんもいい人ですねえ、あかの他人のおじいさんの事でそこまでするなんて」

「その方が亡くなったお父さんに似てらっしゃるらしいのよ」

「顔が? 似てるんですか」

「顔とかじゃなくて、明治の男と言うか、頑固で人を頼ることができない人だったらしい

わ」

なーるほど、健さんらしいと納得してまろみは仕事の続きをするためにパソコンに向かっ

た。





 くら子は改めて、サポーター講座の重要性を考えた。

以前「インターネット茶屋」の御堂夫妻に男性向けの片付け講座の企画を依頼されたが、ま

だ実行できていなかった。

(19、ゴミ屋敷の男やもめプロジェクト 登場)

 しかし基礎講座のカリキュラムを変更したことで、女性だけでなく男性も受講してもらえ

るようになった。

 サポーター講座を卒業した人たちには、ぜひ同じような悩みを抱えている人たちに体験を

分かち合うことで、輪を広げて欲しいと思った。

 講座の初日は秋晴れの良い天気で、幸先のよいスタートだと思われた。

 サポーター講座は計18時間で3日に及ぶ。くら子はワークショップの卒業生がどれくらい

参加してくれるか心配だったが予想を上回る数だった。

なぜ心配だったかといえば、ただワークショップを修了したのではサポーター講座の受講は

できないからだ。自分自身が暮らしや生き方を考え、片付けを済ませないとサポーターとし

て自信を持って受講者に体験を話すことができないからである。

 この講座では基礎講座についてはもちろんだが、サポーターとしての基礎的な知識、マナ

ー、その他実務的なことも含まれている。上から目線でなく、片付けを経験した失敗談と共

に先輩としての立場で語ってもらうスタイルである。

 机上の空論?! よりひとつの体験! それがねらいである。

またサポーターがいきいきと活躍する姿がひとつのモデルになれば、後に続く人も増えるだ

ろう。このような意味でも第1回のサポーター講座は重要である。くら子は身のひきしまる思

いだった。

 定員15名に16名の応募で、1名くらいは当日のキャンセルがあるかと思い16名に受講票を

送ったが、全員出席だった。この世代の人々はおおむねまじめである。また申し込みも、は

がきかファックスなのでほとんど手書きである。

 自分で手間暇かけて申し込むのと、インターネットやスマホで申し込むのとでは明らかに

違いがある。今ではネットで申し込みの講座が断然多い。しかしネットで簡単に申し込む人

は連絡もせずに休んだり、ひどいのは申し込んだことさえ忘れていたりする。

 カルチャーセンターの知人に聞いた話では、ある講座で30名の募集に45名の申し込みがあ

り、40名に受講通知を出し、5名はキャンセル待ちだった。それにも関わらず出席は22名で

欠席の連絡も当日朝の1名だけ。これではキャンセル待ちの人に連絡もできない。近ごろでは

飲食店の予約も問題になっているが、こういうことが現実に起こっている時代なのである。





 今回の受講者は5名が男性。くら子がなるほどと思ったのは、5名のうち4名がネクタイを

締め、残り1名はノーネクタイだが、ジャケットにワイシャツである。つまり全員仕事モード

で社員研修という感じだろうか。女性はと言えばこれは様々で、スーツ姿は2人、セーターが

5人、カーディガンが2人、トックリのセーターにベストが2人だった。

 サポーター講座は自己紹介から始まる。くら子は1人ずつホワイトボードの前で自己紹介を

してもらうことにした。持ち時間は1人3分。3分といえば短い気もするが、きちんとしゃべ

ろうと思うと結構長い。

 自己紹介一番手の大山義明は、朝礼で話すように慣れた口調で経歴を語った。3年前まで勤

めていた会社は社員300人の工作機械の工場で、大山は工場長をしていた。工場では当然、

工具の配置や整理整頓は率先して行っていたが、自宅の片付けとなるとお手上げだった。

 定年後、一人暮らしになって途方に暮れていたところに「わくわく片づけ講座」のことを

知った。世間の景気は良くなっているらしいが大山は再就職のあてもなく、時間だけはある

ので冷やかし半分で参加した。工場と同じように必要なものを必要なところに置き、収納す

るものは取り出しやすいところに入れ、不用なものは処分する、基本は同じだということが

わかった。

 工場のものの配置を説明しているところで、くら子がチリンとベルを鳴らし、3分ですと声

をかけた。

「これからがいいところなのですが」と大山は残念そうだ。

「そのいいところを話していただくのが自己紹介では大切なことですね。皆さんは大山さん

のお話の続きを聞きたいですか」

ハイと答えたり、うなずいたりで皆が続きを待っているのがうかがわれた。

 実はと薄い後頭部に手をあて、大山は天井を見上げ、唇をかみしめた。

「定年した途端に、妻が離婚したいと言い出しまして、いやお恥ずかしい。いわゆる熟年離

婚といいますか、妻や子どもにとってわたしはATMだったそうで、定年と共に用なしだそう

で」

 口ごもった大山に、1番前の席の光田寛一が気にすることはないですよと声をかけた。

 大山はありがとうございますと光田に軽く頭を下げ、ポケットからくしゃくしゃのハンカ

チを取り出して額の汗を拭いた。

「ATMと言われても、わたしにはどうして離婚しなければならないのかさっぱりわからなか

ったのですが、妻はそのわからないところが問題なのだと、離婚届を置いてさっさと出てい

きました」




 会場には気まずい雰囲気が流れた。

「最初は頭にきて酒を飲んだりしましたが、しょせん夫婦は他人なのだし、お互いに理解で

きないのなら別れた方が良かったんだと思うようになりました。未練がないと言えば嘘にな

りますが…」

 そんなことまで言わなくていいのにという空気をよそに、大山は続けた。

「昼間から酒を飲んで、家の中もぐちゃぐちゃでカビが生えそうになって。なんとかしなけ

ればと思っている時に、基礎講座のチラシが郵便受けに入っていたもので…」

 くら子とまろみは顔を見合わせた、それはおかしい。

チラシのポスティングを業者に依頼したことはないし、新聞に折り込み広告を入れたことも

ない。だから郵便受けにチラシが勝手に入るはずがないのである。

 大山の熱弁は続いている。基礎講座でカビが生えそうな家の中はある程度まで片付いたが

すっきりとまではいかなかった。また基礎講座で知り合った人たちとの会話も楽しく、ワー

クショップも受けることにした。正直なところ、他にこれといってすることもないしサポー

ターになるのも悪くはないなと考えていたからである。

「女房が、いや、元妻がいなくなって良かったなと思うことは、家の中でタバコが吸えるよ

うになったことです。前は受動喫煙だとか、たばこのにおいがカーテンに移るとか、灰が飛

ぶとか、いろいろうるさく言われておりましたが今はのびのびです」

 大山の言葉はから元気に聞こえるが、本人は気付いていなかった。

くら子がチリリンとベルを鳴らした。

えっ、まだ、終わっていないのですがと、大山はくら子を見た。

「次の方も、待っておられますよ」

大山はしぶしぶ席に戻った。

 2番目の串本あずさは元アナウンサーで、シャネルタイプの薄いブルーのスーツを着て、落

ち着いた声で話しだした。マイクを使わなくても、声が通り、聞きやすい。

 やっぱり腹式呼吸でしょうかねえと、まろみはうっとりして聞いている。

「ここ10年ほど朗読のボランティアをしてきました。2人の息子もようやく独立して家の中

を片付けようと思った時に『わくわく片づけ講座』のことを友人から聞き、参加しました。

家がすっきりしたのでお友達をお呼びしたら、片付け方を教えて欲しいと言われて驚きまし

た。こちらの基礎講座に参加するようにお勧めしたのですが、知らない方と一緒では気が進

まないということで、それならわたしがサポーターになって手伝おうかと思い、参加しまし

た」

「あずさマジック」にかかったように、皆うなずいている。

 くら子は、話術の巧みさもあるが大部分はあずさの人柄だと思った。

元アナウンサーでなくても話し方のうまい人、声のよい人はいるが、それだけでは人は動か

されない。不思議なものでいくら表面を取り繕っても、人前で話をすれば人間性が透けて見

える。

「できれば、サロンのようなものにしたいと思っています。片付けのサポートと共に料理や

お菓子、ネイルの教室を予定しています」

 女性の何人かの受講者は、自分にもサロンが出来るかしらと胸算用を始めていた。

 あずさが時間通りに自己紹介を終えると、梅森清次郎の番になった。





 梅森は、ええーっと、と言ったきりした下を向いて言葉が出ない。まろみが助っ人に出ま

しょうかとくら子にささやいた。まろみを制して、くら子が梅森の横に立った。

「梅森さんのお宅は片付きましたか」

ハイと応えて、梅森はぽつりぽつりと母親との生活を語り始めた。

「母と二人暮らしです。母は足が悪くて…うちは父の遺品もそのままだし、ものがいっぱい

でどうすればいいかわからなくて…新聞と一緒に講座のチラシが入っていたので。母がここ

に行って、片付け方を習って家を片付けてくれ。そうでないと死ぬにも死に切れないと言う

もので…」

 新聞にチラシ? くら子は驚きを隠して、仕方なく来られましたかと聞いた。

 梅森は軽く首を振った。

「そ、そうではないのですが、どういう講座かよくわからなかったし、それに…ええと」

梅森の顔がみるみる赤くなった。

「女性向けの講座だと思われたのでは?」

梅森はほっとしたように、こくりとうなずいた。

「それで、お宅は片付きましたか」

「すっきりして、母が気持ち良くなった。これで安心して冥途にいけると言ってます」

「お母様のお加減は悪いのですか」

「いえ、それが…ガラクタを捨てたら元気になって、あれこれうるさく言うようになりまし

た」

「なるほど、それで?」

「母が清次郎は片付けに向いているから、サポーターの講座に行って、勉強して来いという

もので」

 申し込みの書類によると梅森は62歳である。梅森の言葉がまた途切れ沈黙が広がった。

「梅森さん、一度深呼吸をして、肩の力を抜いてください」

会場はしんとして、がんばれという声もあり梅森も大きく深呼吸をした。

何人かが、自分のことのように深呼吸をしているのが肩の上下でうかがわれた。

「し、仕事は…長年印刷会社で経理をしていましたが、パソコンで…素人でも名刺や印刷が

できるようになり、3年前に倒産しました。それ以来無職です」

「お母様はどうして片付けに向いているとおっしゃったのですか」

くら子の問いに、梅森は少し照れて答えた。

「片付けの方法がわかると、楽しくなったからです。どこに何をどういう風に置くと使いや

すいか、片付けやすいかを考えるのが面白くて、棚を吊ったり家具の配置を変えたりもしま

した。母はそれで喜びました」

 まろみがチリンとベルを鳴らした途端、席に戻ろうとした梅森に拍手が起こった。

信じられないという顔で真っ赤になった梅森は深く頭を下げた。




 4番目の陸奥慶子は物おじしない性格だった。

「わたしは長年専業主婦をしていました。夫が定年になって、今度はわたしが働く番だと思

いました。とはいえ手に職もありませんし、何をしたらよいかわからない。だけど少しは世

の中のお役に立つことをしたいと思いまして、ある仕事を考えたのです。なんだと思われま

すか」

 慶子が受講者をゆっくり見まわした。自分の番が終わった大山は自信満々で答えた。

「片付けサポーターの仕事でしょう」

「違うんです」

慶子は一呼吸置いて、皆の反応を楽しんでいた。

「実は動物探偵をしようと思ったのです」

何だ、そりゃという声があがった。

「いなくなったペットを探す探偵ですよ。シャーロック・ホームズみたいな」

あはははや、おほほという笑い声が起こった。

ホームズがペット探しをするかねえというつぶやきもあった。

「皆さん笑いますけど、わたしは真剣だったんです。それで行方不明のペットを探しますと

いうチラシを作ってスーパーの伝言板に張ってもらいました」

「依頼はあったのですか」と一番前に座っている桑野光代が思わず尋ねた。

「ありました。それも次々と」

 それならなぜここにいるのか、という疑問に答えるように慶子は続けた。

「依頼はたくさんあるけれど、行方不明のペットを1匹も見つけられなかったのです。だから

お金ももらえなかった」

 話しながら慶子はうなだれた。これには皆吹き出した。梅森も口を開けて笑っている。

「そうなんです。人間なら行方不明でも、知り合いとかいろいろ探す手立てがあるようです

が、動物はしゃべってくれませんからね。わたしが警察犬みたいに鼻がきいたら少しは違っ

たのかもしれませんが、犬や猫の写真を持ってうろうろしても名乗り出てくれませんでし

た」

会場は大爆笑で、涙を流している者もいた。

「それで夫が、犬猫を探しまわるより家の中を片付けろと怒りました。わたしはカッとなっ

て、自分も家にいるんだから自分で片付けなさいよと言うと、そんなことできるかと言うん

です。どう思います? 大山さんや梅森さんの爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいですよ」

大山は、おほんとうれしそうに咳払いをした。

「わたしはもともと片付けが苦手なので、それなら片付け講座を受けるから、受講料を出し

てというと、どうして片付けを習いに行かなきゃならないんだと申します。これだから女は

困るとか、世の中のことをわかってないとか、ほんと石頭なんだから」

 ここで、はい時間ですとチリンが鳴った。

サポーター殺人事件(2)に続く

 






この話のタイトルは、元は「アドバイザー講座」でしたがミステリー好きが高じて「サポー

ター殺人事件」にしてしまいました。(苦笑)

それにこの話はものすごく長いです。他の話の数倍。

ブログ小説で書いていた時は、毎日少しずつ書いていたので、長くなると前の話がどうだっ

たかわからなくなるし、遡るのも大変なので比較的短くまとめていたのですが、この話は書

き出すと止まらなくなったというか、面白くなりました。

それに人を1人殺すというのは、お話にしても大変で、こうして長くなりました。

しかしこのように自社のHPだとある程度の量が書けますし、書いても誰にも迷惑をかけない

というか、いつでも読めるし、読みたい人だけ読んでいただければよいから、これは自分で

HPをつくる利点だなと思っています。



 









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