11  風水と部屋の片づけ

       風水師のアドバイスで、部屋を片付けたいのです

  



 明日に迫った「わくわく片付け講座」の申込書を整理しながら、まろみ


はあらあら、今度は風水ですと書類を読み上げた。


「受講の動機、最近、平らな道で転んだり、財布を落としたり、娘に買っ


てもらったスマホも行方不明とよくないことが続くので、有名な風水の先


生にみてもらいに行きました。先生がおっしゃるには、あなたは、まず、


部屋を片付けなさいといわれました。片付かないと、方位もラッキーアイ


テムもみられないそうです。わたしも、これ以上不運なことが続いてはか


なわないので、片付けようと思ったのですが、どうにもなりません。そこ


で、講座に参加して、部屋を整理し、風水の先生のところに行きたいので


す」


「時々、風水に凝っておられる方が参加されるけど。風水の先生にみても


らうために参加するという人は初めてね」


「それに、道で転ぶとか、スマホの行方不明が不運だったら、わたしなん


か、1週間に1度は不運な目にあってますよ。不運というのは、道を歩いて


いたら、上から漬物石が降ってきて、怪我したみたいなことをいうんです


よ」


「今どき漬物石? いくらなんでも、それはないんじゃないんの」


 まろみは神妙に答えた。


「それがあったんですよ。うちのマンションで。漬物が漬かりすぎだと言


ったご主人に腹を立てた奥さんが、漬物石を投げたんです。重いから両手


の下手投げで投げたら、ご主人に当たらず、三階の窓から落下。下を歩い


ていた人の肩に当たって。大騒ぎ」


「そりゃ、たいへんじゃない」


「そうですよ。殺人未遂になるかもしれないとか、皆いろいろ言ってまし


たよ」


 くら子はまろみの目をじっと見た。


「それって、この前、読んだ変な推理小説の話じゃないの」


ばれました? と舌を出したまろみは続けた。


「しかし、風水って当たるんですか」


 くら子は信じられないという顔をした。


「クイズじゃないのだから、当たりはずれの問題ではないと思うけど」


「だけど、黄色の財布を持つとお金持ちになるとか…」


「それはわからない。黄色い財布でお金持ちになったという人に会ったこ


とがないから。 そういえば、以前、方位にこだわる方がおられてね」


「家相ってやつですか」


「そう、台所のコンロを置く位置で、お姑さんとお嫁さんがもめたことが


あったわ」


 まろみの目がトラブルの期待に輝いた。


「お嫁さんの希望の間取りで、動線や使い勝手からいって、ここしかない


と思う位置にコンロを置こうとしたら、お姑さんがこの方角に火の気をも


ってくるのはよくない、と反対でね」


 まろみはますますうれしそうだ。


「結局、台所は別にすることになったの」


「それじゃあ、良くない方角の火の気はどうなんですか。火事でもあった


とか」


 苦笑いをしながら、くら子は当時を振り返った。


「何にもなかったけど。嫁姑は口も利かなくなりました。おしまい」


 風水、家相がそんなに大事なことなのかと疑問に思ったまろみは、仕事


帰りに遠回りして、図書館に寄った。四柱推命、星占い、姓名判断と、占


いの本をたどっていくと、風水の本は3冊あった。


 席について、本をぱらぱらとめくる。風水は四千年前に中国で生まれ


た。ものには陰陽があり、陰は暗いものや古いもの、陽は明るいものや新


しいものをいう。そういえば、暗い人を陰気な人と言い、明るい人を陽気


な人という。なるほど、陰陽はバランスが大切で、陰の気がたまると病気


になる。また、風水は環境学でもある。中国では四千年も前から環境のこ


とを考えていたのだろうか。すごいもんだ。それから、住まいには龍脈が


ある。これは気の流れのようなもので、これが滞るとラッキーパワーが失


われる。


 つまり、ものがいっぱいだと、ラッキーパワーが失われるということだ


ろうか。その上、使わない古いものを貯めておくと、陰の気が増えて、ま


すますラッキーパワーが失われる。どの本も、同じようなことが書かれ、


まず、部屋を片付けてきれいに掃除をすることが重要だと書かれている。


 そういえば以前女性週刊誌で、汚部屋に住んでて彼氏を呼べないから、


彼氏ができないとか、汚部屋を見た彼氏から2度と連絡が来なくなったとい


う記事を読んだ。やはり、汚部屋にはラッキーパワーがないから彼氏がで


きないのだ。それでは、汚部屋じゃないのに、わたしに彼氏ができないの


はどういうわけだ? と、自問自答。


 彼氏のことはさておき、風水の先生が方位やラッキーアイテムの前に、


家の中を片付けなさいといわれたのも無理はない。これは、風水の先生と


組んで仕事ができるかもしれない。明日、くら子さんに話してみよう。ま


ろみちゃんお手柄よ、なんてね。スキップをしたいような気分で、まろみ


は図書館を後にした。



 翌朝、くら子が出社すると、おはようございますをいう間もなく、まろ


みは風水の先生と組んで仕事をしたらどうか、とくら子にまくしたてた。


「いったい、どういう風の吹きまわし?」


「だから、『わくわく片付け講座』に、風水の先生も講師で来てもらうの


ですよ」


くら子はまろみのはしゃぎぶりを観察した。ようやく、与えられた仕事で


はなく、自分で考えて仕事をしようという時期にさしかかったのだろう


か。


「まろみちゃんは、五月生まれのおうし座だったわね」


勢いをそがれて、まろみは生返事をした。


「ネットで今週の星占いは見てる?」


「見てますけど、それがなにか…」


「例えば、ある占いでは、今日はラッキーデー。ほかの占いでは、まった


くついてないと書いてあったことはない?」


「ありますよ。しょっちゅうです。だから一番いいことを書いてる占いだ


け信じることにしています」


「そういう人が多いみたいね。風水も似たようなことがあると思わない」


こめかみをこぶしで軽くたたいて、まろみは狭い事務所を歩き回った。


「わかりました。風水も占う人によっても解釈が違うということですね」


くら子はにっこりした。


「そういうこと。ただ、部屋を整理してきれいにするのは風水の基本だと


思うけどね」


「せっかく、いい考えだと思ったんですけど…」


「今回は残念ながら採用できなかったけど、まろみちゃんが色々考えてく


れるのは大歓迎よ」



 「わくわく片付け講座」の初日、受付をしていたまろみが、くら子の耳


元でささやいた。


「あの、紫の塊みたいな人が、例の風水の花園くららさんです」


「今日のラッキーカラーなのかしらね」


「いえ、ネームカードを渡す時に聞いたら、テレビでカラーセラピーの先


生が、紫は女性ホルモンを活発にして、神秘的な魅力が増すといってたそ


うです。うっふん」


「なによ、その、うっふんは、気持ち悪いわね」


それにしても、今日は紫の洋服を着ている人が8人。紫というのは好き嫌い


の激しい色で着こなすのは難しい、女性が20で、その中の4割が紫なのは


普通考えられない。


改めて、テレビの影響は恐ろしいと思うが、それに乗せられて、紫の洋服


を着るというのも、いかがなものか。


すぐに飛びつき、飽きて次を買う。洋服が売れることで経済は活性化され


るのだろうか。豊かさとは、そういうことではなのだろうか。


そろそろ時間ですよというまろみの声に、くら子は気を取り直して講座初


日のあいさつに立った。


 初日はパーソナルカラーの講座で、8人の紫に、講師の福島都は、戸惑っ


たようだが、上手に似合う色の話にもっていった。


 日本人がもっている紫の色の観念は非常に幅広く、京紫といわれる赤味


の紫から、歌舞伎の『助六』の鉢巻きで有名な江戸紫までたくさんの紫が


あることを説明した。


 また、紫は着こなしの難しい色で、上品か下品かどちらかになり、その


中間はないので、紫は慎重に選んで欲しいと、受講者を見渡した。紫の服


を着ている者は、誰もが自分は上品だと思っているらしく、みんなしっか


りうなずいていた。


 一人ひとりの似合う色を診断する時には、都は細心の注意をはらった。


 お召しになっているこの紫もよいですが、もう少し薄い紫がお似合いで


すなど、「似合わない」という言葉を使わないようにしながら、アドバイ


スをした。


 講座が終わって、くら子は都にお疲れ様でしたと声をかけた。


「ほんと、いつもの10倍疲れました」


 まろみがぷっと吹き出した。


「まろみちゃん、笑い事じゃないわよ。紫軍団のパワーはすごいんだか


ら」


「そうですねえ。次回は何色になるでしょうか」


「さあ、テレビのカラーセラピーの先生に聞いてちょうだい」


 講座の初日を終え、くら子とまろみは事務所にもどった。


まろみがお茶を入れてきた。


「くら子さん、さる筋の情報によりますと、花園くららさんは、本名では


ないそうです」


「さる筋って、どこの筋よ」


「それは、企業秘密です」


 なるほどねえと、くら子が湯呑みをのぞくと茶柱が立っていた。


 これはなにかいいことのある前触れだろうかと、茶柱を見つめた。


 まろみはひとりでしゃべっている。花園くららは宝塚歌劇のファンで、


本名は別にあるが、最近はどこでも花園くららと名乗っているそうだ。ま


ろみの言葉はくら子の耳を素通りし、茶柱が立つと縁起がいいといわれる


のはなぜだろうかと考えていた。


 くら子さん聞いてます? とまろみが、くら子の前で手をひらひらさせ


た。


「ごめん、聞いてなかった」


「くららさんの隣に座っていた歌津絵さんも、風水に凝っているそうです


よ。なんだか、2人で盛り上がってました」


「興味のある人は、それでいいんじゃないの。他の人にまであれこれアド


バイスをされると困るけど」


「どうしてですか」


「だって、まろみちゃん、お宅の玄関の方角が悪いって言われたらどうす


る」


「うちのマンションの玄関の方角は変えられません」


「そうでしょ。だけど、今まで何もを気にしなかった人が、うちの玄関の


方角が悪いらしいと気になりだしたら、体調が悪いのはそのせいかもしれ


ないとか、いろいろ考えてしまうでしょ」


 そうですねえと、まろみは腕を組んで、やっぱり風水を講座に入れるの


は難しいですか、と口をつぐんだ。


 その後、トラブルもなく「わくわく片付け講座」は最終回を迎えた。


「皆さん、ひとりの脱落者も無く、無事講座を終えられました。あとは、


講座で学ばれたことをいかに実践し、継続されるかです。それでは、最後


になにかご質問がありましたら」


 花園くららが手を挙げた。


「あの、ようやくわたしも、自分がいかに多くのものを抱え込んでいた


か、よくわかりました。似合わない洋服や、はけない靴など、12帖のクロ


ゼットにいっぱいありまして、処分するために、来週の日曜にガレージセ


ールを開こうと思います。リサイクルできるものはリサイクルしたほうが


よいですからね。そうでしょ、くら子さん」


有無を言わせない口調だった。はあと、くら子はあいまいな返事をした。


「そこで、チラシを作ってきました。皆さん是非お越しください。ブラン


ドのバッグ、靴、洋服が山ほどあります。ガレージセールといっても値段


は全部千円以下です」


 ブランドと千円以下という言葉に、部屋の空気が一変した。


 くららは自ら、自宅の住所と地図が描かれたチラシを配り始めた。


 まろみがくら子に走り寄って、いいんですかとささやいた。


 仕方ないわねと、くら子は急に熱気を帯びた会場を見まわした。


 それでは日曜日に、と受講者は上機嫌で帰って行った。


くららが残していったチラシを見てまろみは肩をすくめた。


「最後にガレージセールになるとは思いませんでしたね。ほんと、まいり


ましたって感じです。荷物を整理しましょう。できるだけリサイクルしま


しょうって言った手前、やめなさいとも言えないし…」


「ガレージセール自体はいいのよ。だけど講座に参加した人がガレージセ


ールに行ってまた山ほど洋服を抱え込んだら、元の木阿弥ね」


 二人で同時にためいきをつき、それがおかしくて笑った。


「今回の講座も無事おわったんだから、打ち上げに行きましょう」


「駅前の焼鳥屋が三周年記念で、一時間飲み放題です」


「そうね、ぱーっといきましょう」

 



 







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